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易経 / 彖伝

頤,貞吉,養正則吉也。觀頤,觀其所養也。自求口實,觀其自養也。天地養萬物,聖人養賢以及萬民,頤之時大矣哉!

新字:頤,貞吉,養正則吉也。観頤,観其所養也。自求口実,観其自養也。天地養万物,聖人養賢以及万民,頤之時大矣哉!

書き下し

頤は、貞にして吉なりとは、正を養えば則ち吉なればなり。頤を観るとは、其の養う所を観るなり。自ら口実を求むとは、其の自ら養う所を観るなり。天地は万物を養い、聖人は賢を養いて以て万民に及ぼす、頤の時大なるかな。

現代語訳

頤が正しくして吉であるというのは、正しさを養えば吉だからである。頤を観るとは、その人が何を養っているかを観るということである。自ら口に入れるものを求めるとは、その人が自分自身をどう養っているかを観るということである。天地は万物を養い、聖人は賢者を養って、その恵みを万民にまで及ぼす。頤の時のもつ意義は、なんと大きいことか。

解説

頤は「あご」、そこから転じて養うことをあらわす卦です。彖伝の中心は「其の養う所を観る」「其の自ら養う所を観る」という二つの視点でしょう。その人が何を養っているか。そして、自分自身を何によって養っているか。この二つを見れば、その人がわかるというのです。食べ物だけの話ではありません。日々どんな情報を口にし、どんな人と交わり、何に時間を注いでいるか。それが積み重なって、その人の中身になります。だからこそ「正を養えば則ち吉」——正しいものを養うことが要になる。さらに彖伝は視野を広げます。「天地は万物を養い、聖人は賢を養いて以て万民に及ぼす」。天地が万物を育てるように、上に立つ者は優れた人を養い、その恵みを人々に及ぼしていく。養うことは、めぐらせることでもあるのです。自分が何で自分を養っているか、たまには点検してみたいものです。

この一句を、あなたの毎日に。

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