易経 / 繋辞下
易之興也,其當殷之末世,周之盛德邪,當文王與紂之事邪,是故其辭危,危者使平,易者使傾,其道甚大,百物不廢,懼以終始,其要无咎,此之謂易之道也。夫乾,天下之至健也,德行恆易以知險,夫坤,天下之至順也,德行恆簡以知阻。
新字:易之興也,其当殷之末世,周之盛徳邪,当文王与紂之事邪,是故其辞危,危者使平,易者使傾,其道甚大,百物不廃,懼以終始,其要无咎,此之謂易之道也。夫乾,天下之至健也,徳行恒易以知険,夫坤,天下之至順也,徳行恒簡以知阻。
書き下し
易の興るや、其れ殷の末世、周の盛徳に当たるか。文王と紂との事に当たるか。是の故に其の辞は危うし。危うくする者は平らかならしめ、易る者は傾かしむ。其の道は甚だ大にして、百物廃せず。懼れて以て終始すれば、其の要は咎无し。此れを之れ易の道と謂う。夫れ乾は天下の至健なり、徳行は恒に易くして以て険を知る。夫れ坤は天下の至順なり、徳行は恒に簡にして以て阻を知る。
現代語訳
易が興ったのは、殷の末の世、周の徳が盛んになろうとする時にあたるのだろうか。文王と紂王との出来事にあたるのだろうか。だからこそ、その言葉は危ういことを説く。危ういと思って慎む者は平安を得させ、事を軽く見てあなどる者は傾かせる。その道はきわめて大きく、あらゆる物事を取りこぼさない。おそれ慎む心で始めから終わりまで貫けば、その要点は咎なきを得ることにある。これを易の道というのである。そもそも乾は天下の最も健やかなものである。その徳の行いは常に平易でありながら、険しさをよく知っている。坤は天下の最も従順なものである。その徳の行いは常に簡素でありながら、行き詰まりをよく知っている。
解説
易の言葉が全体に危ういことを説く調子を帯びているのはなぜか。その理由を、易が生まれた時代に求めた一段です。殷の末、暴政の下で文王が苦難に置かれた時期に易が編まれたとするなら、その言葉が危機を語るのは自然だというわけです。そして続く一句が核心です。「危うくする者は平らかならしめ、易る者は傾かしむ」。危ういと思って慎む者は、かえって平安を得る。逆に、たかをくくって軽んじる者は、かえって傾く。心配のしすぎが身を守り、油断が身を滅ぼすという逆転です。だから「懼れて以て終始す」、始めから終わりまでおそれ慎むことが、咎なきを得る要点だとされます。後半の乾と坤の描写も同じ趣旨です。乾は平易に振る舞いながら険しさを知り、坤は簡素に振る舞いながら行き詰まりを知る。表は軽やかで、裏で難所を把握している。この構えが、経営でも仕事でも最も強いあり方です。慎重さは、臆病さではなく地力なのです。