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易経 / 繋辞下

「尺蠖之屈,以求信也。龍蛇之蟄,以存身也。精義入神,以致用也。利用安身,以崇德也。過此以往,未之或知也。窮神知化,德之盛也。」易曰:「困于石,據于蒺蔾,入于其宮,不見其妻,凶。」子曰:「非所困而困焉,名必辱。非所據而據焉,身必危。既辱且危,死期將至,妻其可得見耶?」

新字:「尺蠖之屈,以求信也。竜蛇之蟄,以存身也。精義入神,以致用也。利用安身,以崇徳也。過此以往,未之或知也。窮神知化,徳之盛也。」易曰:「困于石,拠于蒺蔾,入于其宮,不見其妻,凶。」子曰:「非所困而困焉,名必辱。非所拠而拠焉,身必危。既辱且危,死期将至,妻其可得見耶?」

書き下し

「尺蠖の屈するは、以て信びんことを求むるなり。竜蛇の蟄るるは、以て身を存するなり。義を精しくして神に入るは、以て用を致すなり。用を利し身を安んずるは、以て徳を崇くするなり。此れより過ぎて以往は、未だ之を或いは知らざるなり。神を窮め化を知るは、徳の盛んなるなり」。易に曰く、「石に困しみ、蒺蔾に拠る。其の宮に入るも、其の妻を見ず、凶」と。子曰く、「困しむべき所に非ずして困しめば、名必ず辱めらる。拠るべき所に非ずして拠れば、身必ず危うし。既に辱められ且つ危うくば、死期将に至らんとす。妻其れ見るを得べけんや」と。

現代語訳

「尺取虫が身を縮めるのは、次に伸びようとするためである。竜や蛇が冬ごもりするのは、身を保つためである。道理を細やかに究めて霊妙な域に入るのは、実際に役立てるためである。役立てて身を安んじるのは、徳を高めるためである。これより先のことは、まだ知りようがない。はかりしれぬはたらきを究め、変化を知り尽くすのは、徳の極みである」。易にいう、「石に苦しめられ、いばらに寄りかかる。家に入っても妻の姿が見えない、凶である」と。孔子はいわれた。「苦しむべき筋合いのないところで苦しめば、名は必ず辱められる。頼るべきでないものに頼れば、身は必ず危うくなる。すでに辱められ、しかも危ういのであれば、死ぬ時が近づいている。妻に会うことなどできようか」と。

解説

前段は、屈むことの意味を説きます。尺取虫が体を縮めるのは、次に伸びるためであり、竜や蛇が冬ごもりするのは、身を保つためです。縮むこと自体が目的ではなく、伸びるための準備なのだと。学問についても同じで、道理を深く究めるのはそれ自体を誇るためではなく、実際に役立てるためであり、役立てて身を安んじることが徳を高めるのだと述べます。後段は逆に、居るべきでない場所に居ることの危うさを説きます。苦しむ筋合いのないところで苦しみ、頼るべきでないものに頼れば、名を汚し身を危うくする。石やいばらは、寄りかかっても支えにならないものの象徴です。仕事に置き換えれば、実力の伴わない立場、無理に結んだ関係、根拠の薄い後ろ盾。これらに寄りかかった状態は、うまくいっているように見えても足元が崩れやすい。今は縮む時なのか、それとも居場所そのものを間違えているのか。この二つを見分けることが、身の処し方の要となります。

この一句を、あなたの毎日に。

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