易経 / 象伝
澤上有水,節;君子以制數度,議德行。
新字:沢上有水,節;君子以制数度,議徳行。
書き下し
澤上に水有るは節なり、君子は以て數度を制し、德行を議す。
現代語訳
沢の上に水がたたえられている、これが節の形である。君子はこれにならって物事の度合いや制度を定め、徳のある行いについて論じ定める。
解説
節の卦は、下が沢、上が水という形です。沢が水をたたえている光景ですが、沢には容れられる量に限りがあり、それを超えれば水はあふれ出します。節とは、竹の節のように区切りをつけ、度を定めることを意味します。君子はこの姿にならい、数量や制度の基準を定め、どのような行いが徳にかなうのかを論じ定めるのだと説かれます。限りを知り、その中で保つことによって、はじめて水は沢としてたたえられるのです。仕事や経営でいえば、節度と基準づくりの話になります。どこまでを使い、どこからは使わないのか。何を良しとし、何は認めないのか。この線が引かれていないと、勢いに任せて出すぎ、やがて破綻を招きます。ただし締めつけすぎれば、水は涸れて働きを失います。厳しすぎず緩すぎない適度な区切りを定め、皆で確かめ合う。度を保つことこそ長く続く道だというのが、節の教える身の処し方です。
この章句が説くこと
易経象伝節節度と基準
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