易経 / 象伝
雷電皆至,豐;君子以折獄致刑。
新字:雷電皆至,豊;君子以折獄致刑。
書き下し
雷電皆な至るは豐なり、君子は以て獄を折め刑を致す。
現代語訳
雷と稲光がともに至る、これが豊の形である。君子はこれにならって訴訟を裁き定め、罰すべきものに刑を行う。
解説
豊の卦は、下が火、上が雷という形です。稲光がひらめき、雷鳴がとどろき、光と力とがともに至る光景で、豊とは「ゆたか、盛大」を意味します。稲妻は闇を照らして物の姿をはっきりと見せ、雷は響きわたって人を動かします。君子はこの二つにならい、訴えごとを裁くのだと説かれます。すなわち、稲光のように事実を明るく照らし出して見きわめ、そのうえで雷のように断固として処置を下す。明らかにする力と、決断して行う力の両方がそろってはじめて、公正が成り立つのです。仕事や経営でいえば、問題が起きたときの向き合い方にあたります。事実をあいまいにしたまま情で処理すれば示しがつかず、逆に事情も調べずに罰すれば人心が離れます。まず徹底して調べて明らかにし、そのうえでためらわず定めた通りに処する。盛んなときほど規律が要るというのが、豊の教える身の処し方です。
この章句が説くこと
易経象伝豊明察と決断
関連する章句
-
易経・彖伝豊(ほう)は、大なり。明にして以て動く、故に豊なり。「王之(これ)に假(いた)る」とは、大を尚(たっと)ぶなり。「憂うる勿(な)かれ、宜(よろ)しく日中なるべし」とは、宜しく天下を照らすべきなり。日中すれば則ち昃(かたむ)き、月盈(み)つれば則ち食(か)く。天地の盈虚(えいきょ)すら、時と与(とも)に消息す。而(しか)るを況(いわ)んや人に於(お)いてをや、況んや鬼神に於いてをや。
-
易経・豐卦周易 第五十五卦。離下震上。易経。豊は、亨る。王之に假る、憂ふる勿かれ、宜しく日中すべし。初九、其の配主に遇ふ、旬(ひと)しと雖も咎无し、往けば尚(たっと)ばるること有り。六二、其の蔀(しとみ)を豊(おほ)いにす、日中に斗を見る。往けば疑疾(うたがひ)を得。孚有りて発若(はつじゃく)たれば、吉。九三、其の沛(とばり)を豊いにす、日中に沫(ばつ)を見る。其の右の肱を折る、咎无し。九四、其の蔀を豊いにす、日中に斗を見る。其の夷主に遇ふ、吉。六五、章を来す、慶誉有り、吉。上六、其の屋を豊いにし、其の家を蔀(おほ)ふ。其の戸を窺へば、闃(げき)として其れ人无し。三歳まで觌(み)ず、凶。彖に曰く、
-
易経・豐卦旬しと雖も咎无しとは、旬を過ぐれば災あるなり。孚有りて発若たりとは、信以て志を発するなり。其の沛を豊いにすとは、大事に可ならざるなり。其の右の肱を折るとは、終に用ゐるべからざるなり。其の蔀を豊いにすとは、位当らざればなり。日中に斗を見るとは、幽にして明らかならざるなり。其の夷主に遇ふ、吉とは、行くなり。六五の吉は、慶び有るなり。其の屋を豊いにすとは、天際に翔るなり。其の戸を窺へば、闃として其れ人无しとは、自ら蔵(かく)るるなり。
-
易経・象伝山下に火有るは賁なり、君子は以て庶政を明らかにし、敢えて獄を折むること无し。
-
易経・象伝雷雨作(おこ)るは、解なり。君子以て過ちを赦し、罪を宥(ゆる)す。
-
易経・象伝雷、天上に在るは、大壯なり。君子以て禮に非ざれば履(ふ)まず。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る