易経 / 象伝
地勢坤,君子以厚德載物。
新字:地勢坤,君子以厚徳載物。
書き下し
地勢は坤なり、君子は以て徳を厚くして物を載す。
現代語訳
大地のありさまは、どこまでも従順で広く厚い。君子はこれにならい、徳を厚くして万物を載せ支える。
解説
坤は大地を象る卦です。大地はみずから主張せず、山も川も、美しいものも汚れたものも、すべてを黙って載せています。その広さと受け止める力を、象伝は「徳を厚くして物を載す」と言い表しました。乾が休まず進む力なら、坤は受け止めて支える力です。どちらが上ということはなく、両方があって世界は成り立ちます。人を載せるにはまず自分の徳を厚くしなければならない、という順序も大切です。薄い地面は重い荷を載せられません。組織で言えば、部下や取引先の不完全さをどれだけ抱えられるかは、その人の器の厚みに比例します。すぐに切り捨てず、正しさを振りかざさず、まず受け止める。そのために日々、学びと反省を重ねて自分の土を厚くしておく。声高に指示する人より、黙って場を支える人のほうが、結局は多くを載せています。坤はその静かな強さを説いています。
この章句が説くこと
厚徳載物坤包容力易経
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