易経 / 文言
九三曰:「君子終日乾乾、夕惕若、厲、无咎」。何謂也?子曰:「君子進德脩業,忠信,所以進德也,脩辭立其誠,所以居業也。知至至之,可與幾也,知終終之,可與存義也。是故居上位而不驕,在下位而不憂,故乾乾因其時而惕,雖危无咎矣。」
新字:九三曰:「君子終日乾乾、夕惕若、厲、无咎」。何謂也?子曰:「君子進徳脩業,忠信,所以進徳也,脩辞立其誠,所以居業也。知至至之,可与幾也,知終終之,可与存義也。是故居上位而不驕,在下位而不憂,故乾乾因其時而惕,雖危无咎矣。」
書き下し
九三に曰く、「君子終日乾乾、夕べに惕若たり、厲うけれども咎无し」とは、何の謂ぞや。子曰く、「君子は德に進み業を脩む。忠信は、德に進む所以なり。辭を脩めて其の誠を立つるは、業に居る所以なり。至るを知りて之に至る、與に幾を言うべきなり。終りを知りて之を終う、與に義を存すべきなり。是の故に上位に居りて驕らず、下位に在りて憂えず、故に乾乾として其の時に因りて惕る。危うしと雖も咎无し」と。
現代語訳
九三に「君子は一日じゅう努め励み、夕方になっても慎み恐れている。危ういけれども咎はない」とあるのは、どういう意味か。先生が言われた。「君子は徳を進め、事業を修める。まごころと信実は、徳を進める手立てである。言葉を整えてその誠を立てるのは、事業をわがものとして保つ手立てである。到達すべきところを知ってそこに至る。そういう人とならば、ものごとの兆しを語り合うことができる。終えるべきところを知ってそこで終える。そういう人とならば、義を保ち合うことができる。だからこそ上の位にいても驕らず、下の位にいても思い悩まない。それゆえ努め励み、その時に応じて慎み恐れる。危ういけれども咎はないのである」。
解説
この章句が説くこと
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易経・文言「潛龍用うるなかれ」とは、陽氣潛み藏るるなり。「見龍田に在り」とは、天下文明なり。「終日乾乾」とは、時と偕に行くなり。「或いは躍りて淵に在り」とは、乾道乃ち革まるなり。「飛龍天に在り」とは、乃ち天德に位するなり。「亢龍悔い有り」とは、時と偕に極まるなり。乾元の「九を用う」とは、乃ち天則を見るなり。
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『近思録』巻7 出処苟も命を知らざれば、則ち険難に恐懼し、窮戹に隕穫し、守る所亡ぶ。安んぞ能く其の善を為すの志を遂げんや。寒士の妻、弱国の臣、各其の正に安んずるのみ。苟も勢を択びて従はば、則ち悪の大なる者にして、世に容れられず。井の九三、渫治して食はれず、乃ち人才智有りて用ひられず、行ふを得ざるを以て憂惻と為すなり。蓋し剛にして中ならず、故に施為に切なり。「之を用ふれば則ち行ひ、之を舎つれば則ち蔵る」者に異なり。革の六二、中正なれば則ち偏蔽無く、文明なれば則ち事理を尽す。上に応ずれば則ち権勢を得、体順なれば則ち違悖無し。時可なり、位得たり、才足れり、革に処るの至善なる者なり。必ず上下の信を待つ、故に「已日にして乃ち之を革む」なり。二の才徳の如き、当に進みて其の道を行ふべし、則ち吉にして咎無きなり。進まざれば則ち為すべきの時を失ひ、咎有りと為すなり。鼎の実有るは、乃ち人の才業有るなり。当に趨向する所を慎むべし。往く所を慎まざれば、則ち亦非義に陥る。故に曰く、「鼎に実有り、之く所を慎め。」士の高位に処るは、則ち拯ふこと有りて随ふこと無し。下位に在れば則ち当に拯ふべき有り、当に随ふべき有り、之を拯ふことを得ずして而る後に随ふ有り。「君子は思ふこと其の位を出でず。」位とは、処る所の分なり。万事各其の所有り。其の所を得れば則ち止まりて安し。若し当に行くべくして止まり、当に速かなるべくして久しく、或は過ぎ或は及ばざるは、皆其の位を出づるなり。況んや分を踰え非に拠るをや。人の止まるは久終に難し、故に節或は晩に移り、守り或は終に失ひ、事或は久しきに廃る。人の同じく患ふる所なり。艮の上九、終に敦厚なり。止まるの道の至善なり。故に曰く、「艮に敦し、吉。」中孚の初九に曰く、「虞れば吉。」象に曰く、「志未だ変ぜざるなり。」伝に曰く、信の始めに当り、志未だ従ふ所有らずして、信ずる所を虞度すれば、則ち其の正を得、是を以て吉なり。
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