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易経 / 象伝

山下有火,賁;君子以明庶政,无敢折獄。

書き下し

山下に火有るは賁なり、君子は以て庶政を明らかにし、敢えて獄を折むること无し。

現代語訳

山のふもとに火があって山を照らし飾る、これが賁の形である。君子はこれにならい、もろもろの政務を明らかに処理するが、みだりに訴訟の裁断を下すことはしない。

解説

賁は下に火、上に山を置き、山のふもとの火が山肌を照らし、その姿を美しく浮かび上がらせる形です。賁とは飾ること、彩りを添えることを意味します。ただし火の光は近くのものを照らすだけで、山の奥まで届くわけではありません。だから象伝は、君子はこの光で日々のもろもろの政務を明らかに処理するが、訴訟の裁断まで軽々しく下してはならない、と釘を刺します。飾りの光で照らせる範囲には限りがあり、人の生死や運命を左右する判断には足りないというのです。この節度は今日にも通じます。見栄えのよい資料、整った言葉、きれいな数字。それらは日常の業務を進めるうえで確かに役立ちます。しかし人を評価し処分する場面では、表面の印象で決めてはなりません。飾りの効く場と、効かせてはならない場を見分けること。それが賁の教えです。

この一句を、あなたの毎日に。

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