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易経 / 彖伝

豐,大也。明以動,故豐。“王假之”,尚大也。“勿憂宜日中”,宜照天下也。日中則昃,月盈則食,天地盈虛,與時消息,而況於人乎,況於鬼神乎?

新字:豊,大也。明以動,故豊。“王仮之”,尚大也。“勿憂宜日中”,宜照天下也。日中則昃,月盈則食,天地盈虚,与時消息,而況於人乎,況於鬼神乎?

書き下し

豊(ほう)は、大なり。明にして以て動く、故に豊なり。「王之(これ)に假(いた)る」とは、大を尚(たっと)ぶなり。「憂うる勿(な)かれ、宜(よろ)しく日中なるべし」とは、宜しく天下を照らすべきなり。日中すれば則ち昃(かたむ)き、月盈(み)つれば則ち食(か)く。天地の盈虚(えいきょ)すら、時と与(とも)に消息す。而(しか)るを況(いわ)んや人に於(お)いてをや、況んや鬼神に於いてをや。

現代語訳

豊とは大きく盛んなことである。明らかであって、そのうえで動く。だから豊かに盛んなのである。「王がここに至る」とは、大いなるものを尊ぶということである。「憂えることはない、日が中天にあるようにするのがよい」とは、天下をあまねく照らすべきだということである。太陽は中天に達すれば傾きはじめ、月は満ちれば欠けはじめる。天地の満ち欠けさえ、時とともに消えたり生じたりする。まして人においてはなおさらであり、鬼神においてもなおさらである。

解説

豊は「大いに盛んなさま」を表す卦です。彖伝は、盛大さが生まれる理由を「明にして以て動く」――物事をよく見きわめたうえで動くからだ、と説明します。ただ勢いがあるのではなく、明るさが先にあって行動が続く。そこに豊かさが生まれるのです。王が至るのも大いなるものを尊ぶからであり、日が中天にあるように、その光をあまねく天下に及ぼすことが求められます。しかし彖伝はここで冷たいほど率直に続けます。太陽は中天に達すれば傾き、月は満ちれば欠ける。天地の満ち欠けさえ時とともに移るのだから、人ならなおさらだ、と。絶頂は、傾きの始まりでもあるのです。事業が最も好調なときこそ、光を独り占めせず広く照らし、次の下り坂を前提に手を打つ。盛りを楽しみながら、盛りに酔わない。それが豊の教える身の処し方でしょう。

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