易経 / 彖伝
離,麗也。日月麗乎天,百谷草木麗乎土。重明以麗乎正,乃化成天下。柔麗乎中正,故,是以“畜牝牛吉”也。
書き下し
離は、麗くなり。日月は天に麗き、百穀草木は土に麗く。重明にして以て正に麗く、乃ち天下を化成す。柔は中正に麗く、故に、是を以て「牝牛を畜えば吉」なるなり。
現代語訳
離とは、つき従い寄りかかることである。日と月とは天に寄りかかり、多くの穀物や草木は土に寄りかかっている。明るさが重なって、しかも正しさに寄りかかる。そうして天下を教化し成し遂げるのである。柔が中正に寄りかかっている。だから、それゆえに「牝牛を養えば吉」なのである。
解説
離は火、そして「麗く」——寄りかかり、つき従うことをあらわす卦です。火は薪がなければ燃えません。何かに依って初めて存在できる。彖伝はそれを日月と草木にたとえます。日と月は天に寄りかかり、草木は土に寄りかかっている。どんなに明るく輝くものも、単独では立てないのです。ならば問題は、何に寄りかかるかでしょう。彖伝は「重明にして以て正に麗く」と答えます。明るさを重ねて、正しさに寄りかかる。よりどころが正しければ、その明るさは天下を照らす力になります。逆に、輝きだけあってよりどころを誤れば、火は燃え広がって焼き尽くすだけです。最後の「牝牛を畜えば吉」も、柔順さを養えということでしょう。才気が鋭い人ほど、自分は何に依って立っているのかを問い直す必要があります。独りで輝くのではなく、正しいものに依って輝く。それが離の教えです。
この章句が説くこと
離麗く(寄りかかる)正に麗くよりどころ
関連する章句
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