易経 / 序卦
《需》者,飲食之道也。飲食必有訟,故受之以《訟》。訟必有眾起,故受之以《師》。《師》者,眾也。眾必有所比,故受之以《比》。《比》者,比也。比必有所畜,故受之以《小畜》。
書き下し
需(じゅ)とは、飲食の道なり。飲食には必ず訟(しょう)有り、故に之を受くるに訟を以てす。訟には必ず衆の起こること有り、故に之を受くるに師を以てす。師とは、衆なり。衆には必ず比(した)しむ所有り、故に之を受くるに比を以てす。比とは、比しむなり。比しめば必ず畜(たくわ)うる所有り、故に之を受くるに小畜を以てす。
現代語訳
需とは、飲み食いして身を養う道です。飲食をめぐっては必ず争いごとが起こります。だから次に訟の卦を置きます。争いが起これば必ず大勢の人が立ち上がって群れをなします。だから次に師の卦を置きます。師とは大勢の人、軍勢のことです。大勢が集まれば必ず互いに親しみ寄り添う相手ができます。だから次に比の卦を置きます。比とは親しみ寄り添うことです。親しみ寄り添えば、必ず蓄えられ養われるものが出てきます。だから次に小畜の卦を置きます。
解説
ここでは、養い(需)から争い(訟)へ、争いから集団(師)へ、集団から結びつき(比)へ、そして蓄え(小畜)へと転がっていく流れが語られます。食べものや利益といった「養い」があるところには、必ずその分け前をめぐる言い争いが生まれ、争いが大きくなれば人は徒党を組み、徒党のなかからは気の合う者どうしの結びつきが生まれ、結びつきが安定すると少しずつ蓄えができる、という順序です。争いを人間の悪意ではなく、資源が生じたことの必然的な副産物として見ているところに、この連鎖の冷静さがあります。会社でも、売上や予算が生まれた瞬間に配分の摩擦が起きるのは自然なことです。だから摩擦そのものを嫌うのではなく、それが集団づくりや信頼関係づくりへ進む通過点だと捉える。争いを次の結束の材料にできるかどうかが、組織が蓄えを持てるかどうかの分かれ目になります。