易経 / 繋辞下
古者包犧氏之王天下也,仰則觀象於天,俯則觀法於地,觀鳥獸之文,與地之宜,近取諸身,遠取諸物,於是始作八卦,以通神明之德,以類萬物之情。作結繩而為罔罟,以佃以漁,蓋取諸離。
新字:古者包犠氏之王天下也,仰則観象於天,俯則観法於地,観鳥獣之文,与地之宜,近取諸身,遠取諸物,於是始作八卦,以通神明之徳,以類万物之情。作結縄而為罔罟,以佃以漁,蓋取諸離。
書き下し
古者、包犧氏の天下に王たるや、仰いでは則ち象を天に観、俯しては則ち法を地に観、鳥獣の文と地の宜とを観、近くは諸を身に取り、遠くは諸を物に取る。是に於て始めて八卦を作り、以て神明の徳に通じ、以て万物の情を類す。縄を結びて罔罟を為り、以て佃し以て漁す。蓋し諸を離に取る。
現代語訳
むかし包犠氏が天下に王として臨んだとき、仰いでは天のかたちを観察し、伏しては地のありようを観察し、鳥獣の模様と土地に適したものとを観、近くは自らの身体から、遠くは万物から手がかりを取った。こうして初めて八卦を作り、それによって目に見えぬはたらきの徳に通じ、万物のありさまを類別したのである。また縄を結んで網をつくり、それで狩りをし、漁をした。これはおそらく離の卦から取ったものであろう。
解説
ここから、易の象にならって文明の道具が生まれてきたという一連の説明が始まります。まず語られるのは八卦の成り立ちです。包犠氏は天を仰ぎ、地を俯し、鳥獣の紋様や土地の性質を観察し、自分の身体という最も近いものから、遠くの万物まで、あらゆるところに手がかりを求めた。その観察の積み重ねから八卦が生まれたというのです。ここで大切なのは、易が机上で組み立てられた記号ではなく、徹底した観察から抽出された型として語られている点です。よく見ることが先で、体系は後からついてくる。さらに、離の卦のかたちから網を思いついて狩猟と漁労が始まったと続きます。抽象的な型が具体的な道具に変わっていく流れです。仕事に引き寄せれば、新しい仕組みや商品は、遠い理屈からではなく、目の前の現場をどれだけ丁寧に観たかから生まれます。仰ぎ、俯し、近くを取り、遠くを取る。この観察の広さが、発想の広さになります。
この章句が説くこと
包犠氏八卦の起源観察離
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