易経 / 彖伝
兌,説也。剛中而柔外,説以利貞,是以順乎天而應乎人。説以先民,民忘其勞。説以犯難,民忘其死。説之大,民勸矣哉!
新字:兌,説也。剛中而柔外,説以利貞,是以順乎天而応乎人。説以先民,民忘其労。説以犯難,民忘其死。説之大,民勧矣哉!
書き下し
兌(だ)は説(よろこ)ぶなり。剛は中にして柔は外なり。説びて以て貞(ただ)しきに利(よ)ろし。是を以て天に順(したが)いて人に應(おう)ず。説びて以て民に先んずれば、民は其の勞(ろう)を忘る。説びて以て難(なん)を犯せば、民は其の死を忘る。説びの大なる、民勸(すす)むかな。
現代語訳
兌は喜びである。剛が内にあって芯となり、柔が外にあらわれる。喜びは正しさを守ってこそよい。だから天の道に従い、人の心に応じるのである。喜びをもって民の先頭に立てば、民は労苦を忘れる。喜びをもって困難に立ち向かえば、民は死をも忘れる。喜びの働きは大きく、民はみずから奮い立つのである。
解説
兌(だ)は沢であり、喜び・和らぎを表す卦です。彖辞は、剛が内にあって芯を保ち、柔が外にあらわれて和やかに人と接する姿を「剛中にして柔外」と述べます。そのうえで、喜びはそれだけで善なのではなく、正しさを伴ってはじめて力になると釘を刺します。上に立つ者が喜びをもって先頭に立てば人は労苦を忘れ、喜びをもって困難に向かえば身の危険さえ忘れる。それほど喜びの感化力は大きいというのです。裏を返せば、内に芯のない愛想だけの喜びは、人を軽くし、緩ませてしまいます。職場でも、明るさや朗らかさは人を動かす最大の資源ですが、それは筋の通った判断とひと組であってこそ生きます。まず内に剛を、外に柔を。この順序を取り違えないことが、兌の教える要点です。
この章句が説くこと
兌喜び剛中柔外士気
関連する章句
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李衛公問対・卷下夫れ用兵の法は、必ず先ず吾が士衆を察し、吾が勝氣を激して、乃ち以て敵を擊つべし。吳起の『四機』は、氣機を以て上と爲す。他の道無きなり。能く人人をして自ら鬬わしむれば、則ち其の銳當たる莫し。
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六韜・励軍武王 太公に問ひて曰く、「吾 三軍の衆をして、城を攻むれば先登を争ひ、野戦すれば先赴を争ひ、金の声を聞きて怒り、鼓の声を聞きて喜ばしめんと欲す。之を為すこと奈何」と。太公曰く、「将に三あり」と。武王曰く、「敢へて其の目を問はん」と。太公曰く、「将 冬に裘を服ず、夏に扇を操らず、雨に蓋を張らず、名づけて礼将と曰ふ。将 身づから礼を服せざれば、以て士卒の寒暑を知る無し。隘塞を出で、泥塗を犯すには、将 必ず先づ下りて歩む、名づけて力将と曰ふ。将 身づから力を服せざれば、以て士卒の労苦を知る無し。軍 皆な次を定めて、将 乃ち舎に就く。炊ぐ者 皆な熟して、将 乃ち食に就く。軍 火を挙げざれば、将も亦た挙げず、名づけて止欲将と曰ふ。将 身づから止欲を服せざれば、以て士卒の飢飽を知る無し。将 士卒と寒暑・労苦・飢飽を共にす、故に三軍の衆、鼓の声を聞けば則ち喜び、金の声を聞けば則ち怒る。高城深池、矢石 繁く下るも、士は先登を争ふ。白刃 始めて合ふも、士は先赴を争ふ。士は死を好みて傷つくを楽しむに非ざるなり。其の将の寒暑・飢飽を知ること審らかにして、労苦を見ること明らかなるが為なり」と。