易経 / 繋辞下
包犧氏沒,神農氏作,斲木為耜,揉木為耒,耒耨之利,以教天下,蓋取諸益。日中為市,致天下之民,聚天下之貨,交易而退,各得其所,蓋取諸噬嗑。神農氏沒,黃帝、堯、舜氏作,通其變,使民不倦,神而化之,使民宜之。易窮則變,變則通,通則久。是以自天祐之,吉无不利,黃帝、堯、舜垂衣裳而天下治,蓋取諸乾坤。
新字:包犠氏没,神農氏作,斲木為耜,揉木為耒,耒耨之利,以教天下,蓋取諸益。日中為市,致天下之民,聚天下之貨,交易而退,各得其所,蓋取諸噬嗑。神農氏没,黄帝、堯、舜氏作,通其変,使民不倦,神而化之,使民宜之。易窮則変,変則通,通則久。是以自天祐之,吉无不利,黄帝、堯、舜垂衣裳而天下治,蓋取諸乾坤。
書き下し
包犧氏没して、神農氏作る。木を斲りて耜と為し、木を揉めて耒と為し、耒耨の利、以て天下に教う。蓋し諸を益に取る。日中を市と為し、天下の民を致し、天下の貨を聚め、交易して退き、各々其の所を得しむ。蓋し諸を噬嗑に取る。神農氏没して、黄帝・堯・舜氏作る。其の変を通じて、民をして倦まざらしめ、神にして之を化し、民をして之に宜しからしむ。易は窮すれば則ち変じ、変ずれば則ち通じ、通ずれば則ち久し。是を以て天より之を祐く、吉にして利あらざる无し。黄帝・堯・舜、衣裳を垂れて天下治まる。蓋し諸を乾坤に取る。
現代語訳
包犠氏が没して神農氏が興った。木を削って鋤の先をつくり、木をたわめて鋤の柄をつくり、耕し除草する利便を天下に教えた。これはおそらく益の卦から取ったものであろう。日中を市の時と定め、天下の民を集め、天下の品物を集め、互いに交換して帰り、それぞれが必要なものを得られるようにした。これはおそらく噬嗑の卦から取ったものであろう。神農氏が没して、黄帝・堯・舜が興った。その変化に通じて、民が飽き疲れることのないようにし、はかりしれぬやり方で移り変わらせ、民がそれになじむようにした。易の道は、行き詰まれば変わり、変われば通じ、通じれば長く続く。だからこそ天がこれを助け、吉であって利あらぬことがない。黄帝・堯・舜は衣裳を垂れたまま天下が治まった。これはおそらく乾と坤の卦から取ったものであろう。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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易経・繋辞下古者、包犧氏の天下に王たるや、仰いでは則ち象を天に観、俯しては則ち法を地に観、鳥獣の文と地の宜とを観、近くは諸を身に取り、遠くは諸を物に取る。是に於て始めて八卦を作り、以て神明の徳に通じ、以て万物の情を類す。縄を結びて罔罟を為り、以て佃し以て漁す。蓋し諸を離に取る。
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易経・繋辞上是を以て、天の道に明らかにして、民の故を察し、是に神物を興して以て民の用に前(さきん)ず。聖人此を以て斉戒(さいかい)し、以て其の徳を神明にするかな。是の故に、戸を闔(と)ずる、之を坤と謂い、戸を闢(ひら)く、之を乾と謂う。一たび闔じ一たび闢く、之を変と謂い、往来窮まらざる、之を通と謂う。見(あら)わるる、乃ち之を象と謂い、形あり、乃ち之を器と謂う。制して之を用うる、之を法と謂い、利用出入して、民咸(みな)之を用うる、之を神と謂う。
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易経・繋辞下木を刳りて舟と為し、木を剡りて楫と為す。舟楫の利、以て通ぜざるを済い、遠きを致して以て天下を利す。蓋し諸を渙に取る。牛を服し馬に乗り、重きを引き遠きを致して、以て天下を利す。蓋し諸を随に取る。門を重ねて柝を撃ち、以て暴客を待つ。蓋し諸を予に取る。木を断ちて杵と為し、地を掘りて臼と為す。臼杵の利、万民以て済う。蓋し諸を小過に取る。
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易経・繋辞上易(い)なれば則ち知り易く、簡なれば則ち従い易し。知り易ければ則ち親しみ有り、従い易ければ則ち功有り。親しみ有れば則ち久しかるべく、功有れば則ち大なるべし。久しかるべきは則ち賢人の徳、大なるべきは則ち賢人の業なり。易簡にして、天下の理得らる。天下の理得られて、位を其の中に成すなり。聖人卦を設けて象を観、辞を繋けて吉凶を明らかにし、剛柔相推して変化を生ず。
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『弁名』理氣人欲包犠氏網罟を為る、蓋し諸を離に取る、神農氏耒耜を為る、蓋し諸を益に取るが如し。易は本と象を取りて器を作るの義有り。故に爾か云ふ。形而上は、器未だ形を成さざる以前、唯だ易の道有るのみを謂ふ。其の形を成すの後に至りて、始めて其の器有り。皆器を制するを主として之を言ふ。下文遂に曰く、「化して之を裁する、之を変と謂ふ。推して之を行ふ、之を通と謂ふ。挙げて之を天下の民に措く、之を事業と謂ふ」と。是れ皆易を賛するの言なり。道器変通事業は、皆易を以て之を言ふのみ。上章に「戸を闔づる之を坤と謂ひ、戸を闢く之を乾と謂ふ。一たび闔ぢ一たび闢く之を変と謂ひ、往来窮まらざる之を通と謂ふ。見はるる乃ち之を象と謂ひ、形はるる乃ち之を器と謂ふ。制して之を用ふる之を法と謂ひ、利用出入して民咸之を用ふる之を神と謂ふ」と曰ふが如きも、是れ又た道器を以て対言せず。其の義以て見るべきのみ。豈に大謬に非ずや。
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五行大義・第二十一論五帝易経は乃ち上は伏羲を取り、下は虞舜に至り、中間の三帝を言わざるは、その因修して造作する所無きを以てなり。何を以てか之を言うを得ん。故に論ぜざるなり。大昊帝庖羲は、姓は風なり。母は華胥(かしょ)、大人の跡を履(ふ)みて成紀に生まる。蛇身人首にして、木徳を以て天下に王たり、百王の先たり。易に曰く、帝は震に出づ、と。震は木、東方にして、春を主り、日の明に象る、故に太昊と曰う。亀文に因象して八卦を画き、罔罟(もうこ)を為りて以て田漁す。古は人畜相食み、害を為す者多し。帝は蜘蛛の網を観て、民に犠牲を取りて以て庖厨に充つることを教う。故に庖犠と曰う。是れを羲皇と謂う。後世音謬りて、之を伏犠と謂い、或いは宓羲(ふくぎ)と云う。一に雄皇氏と号す。孝経鉤命決に云う、伏羲は日角珠衡にして勝を戴く、と。礼含文嘉に云う、伏羲の徳上下に洽(あまね)く、天は応ずるに鳥獣の文章を以てし、地は応ずるに亀書を以てす。伏羲則(のっと)り象りて、八卦を作る、と。炎帝神農氏は、姓は姜。母は任姒(じんじ)、名は女登、神竜に感じて帝を常羊に生む。人身牛首にして、火を以て木を承け、南方に位し、夏を主る、故に炎帝と曰う。耒耜(らいし)を作り、始めて民に耕農を教う。嘗めて草木を別ち、人をして穀を食わしめ以て犠牲の命に代う、故に神農と号す。一に魁隗(かいかい)氏と号す。是れを農皇と為す。礼含文嘉に云う、神農田道を作り、耒耜に就く。天は応ずるに嘉禾を以てし、地は出だすに醴泉を以てす、と。黄帝軒轅氏は、姓は姫。母は附宝、大電光の北斗の枢星を繞(めぐ)り、明らかに郊野を照らすを見、感じて帝を寿丘に生む。土を以て火を承け、位は中央に在り、故に黄帝と曰う。五気を治め、五帝を設け、始めて衣裳を垂れ、舟車を作り、屋宇を造る。古は巣居穴処す。黄帝之に易(か)うるに上棟下宇を以てし、以て風雨を蔽う。故に軒轅と号す。亦云う、
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