易経 / 彖伝
臨,剛浸而長,説而順,剛中而應。大亨以正,天之道也。“至於八月有凶”,消不久也。
新字:臨,剛浸而長,説而順,剛中而応。大亨以正,天之道也。“至於八月有凶”,消不久也。
書き下し
臨は、剛浸くして長ず、説びて順う、剛中にして応ず。大いに亨りて以て正しきは、天の道なり。「八月に至りて凶有り」とは、消すること久しからざればなり。
現代語訳
臨とは、剛がしだいに伸びていく。よろこびをもって順い、剛が中を得て呼応し合う。大いに通じてしかも正しい。これが天の道である。「八月になれば凶がある」とは、衰えが訪れるのもそう遠くはないからである。
解説
臨は、上の者が下に臨む、また物事が勢いよく伸びていく時をあらわす卦です。彖伝は「剛浸くして長ず」と言います。「浸く」は、水がしみ込むようにじわじわと、ということ。急激にではなく、少しずつ確かに伸びていく。しかもその伸び方は「説びて順う」、よろこびをもって理に順っている。だから「大いに亨りて以て正しきは、天の道なり」と讃えられます。ところが彖伝は、そこで話を終えません。「八月に至りて凶有り」——衰えが訪れるのも遠い先のことではない、と釘を刺すのです。伸びている最中にこそ、やがて来る下り坂を見ておけということでしょう。これは悲観ではなく、めぐりを知る者の落ち着きです。業績が伸びている時ほど、その勢いが永遠に続く前提で計画を組みたくなります。臨の教えは、伸びのただ中で次の局面を織り込んでおく冷静さを求めています。
この章句が説くこと
臨剛浸くして長ず盛りと衰えめぐりを読む
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