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易経 / 彖伝

師,眾也。貞,正也。能以眾正,可以王矣。剛中而應,行險而順,以此毒天下,而民從之,吉又何咎矣。

新字:師,眾也。貞,正也。能以眾正,可以王矣。剛中而応,行険而順,以此毒天下,而民従之,吉又何咎矣。

書き下し

師は、衆なり。貞は、正なり。能く衆を以て正しくすれば、以て王たるべし。剛中にして応じ、険を行きて順う、此を以て天下を毒すれども、民之に従う。吉にして又何の咎あらんや。

現代語訳

師とは、大衆・軍勢のことである。貞とは、正しさである。よく大衆を率いて正しくあることができれば、王たりうる。剛にして中を得た者があり、これに人々が呼応する。危険な道を進みながらも人々は順って従う。こうして天下を苦しめる用兵をしても、民はこれに従う。吉であって、どうして咎めがあろうか。

解説

師は軍隊、そして人の集団を率いることをあらわす卦です。彖伝はまず「師は衆なり、貞は正なり」と語の意味を押さえ、そこから「能く衆を以て正しくすれば、以て王たるべし」と結論を導きます。多くの人を動かせるかどうかではなく、多くの人を正しさのうちに保てるかどうかが、リーダーの資格を決めるという読みです。次に「剛中にして応じ」——中心に芯の通った人物がいて、周囲がそれに呼応している。この構造がなければ、集団は険しい道を進めません。そして「天下を毒すれども、民之に従う」。軍を動かすことは本来、人々を苦しめる行為です。それでも民が従うのは、そこに正しさと信頼があるからにほかならない。裏を返せば、正しさを欠いた統率は、どれだけ号令をかけても人を動かせません。人に負担を強いる決断をする立場ほど、この一節は重く響きます。

この一句を、あなたの毎日に。

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