易経 / 繋辞下
易曰:「公用射隼,于高墉之上,獲之无不利。」子曰:「隼者禽也,弓矢者器也,射之者人也。君子藏器於身,待時而動,何不利之有?動而不括,是以出而有獲,語成器而動者也。」
新字:易曰:「公用射隼,于高墉之上,獲之无不利。」子曰:「隼者禽也,弓矢者器也,射之者人也。君子蔵器於身,待時而動,何不利之有?動而不括,是以出而有獲,語成器而動者也。」
書き下し
易に曰く、「公用て隼を高墉の上に射て、之を獲たり。利あらざる无し」と。子曰く、「隼は禽なり。弓矢は器なり。之を射る者は人なり。君子は器を身に蔵し、時を待ちて動く。何の利あらざることか之れ有らん。動きて括せず、是を以て出でて獲ること有り。器を成して動く者を語るなり」と。
現代語訳
易にいう、「公が高い城壁の上で隼を射て、これを射止めた。利あらぬことはない」と。孔子はいわれた。「隼は鳥である。弓矢は道具である。これを射るのは人である。君子は道具を身のうちに蔵しておき、時が来るのを待って動く。どうして利あらぬことがあろうか。動いて引っかかることがない。だからこそ、出て行けば獲物を得るのである。これは、道具を十分に整えてから動く者のことを語ったものだ」と。
解説
「君子は器を身に蔵し、時を待ちて動く」。この一句が示すのは、準備と時機の関係です。隼を射止めたのは、その瞬間の幸運ではありません。弓矢という道具があり、それを扱える人がいて、隼が現れる高い城壁の上という好機が重なった。三つが揃ったから成果になったのです。孔子が強調するのは、道具をあらかじめ身のうちに蔵しておく、という点です。好機が来てから慌てて弓を探す者は、間に合いません。逆に、弓を持っていても隼のいない時に射れば、矢は無駄になる。だから「時を待ちて動く」と続くわけです。ここには、行動を急がないことと、怠けていることの違いがはっきり示されています。待つあいだも、器を磨き続けているかどうか。仕事でいえば、市場が動くまでに技術や人材や資金を仕込み、時が来たらためらわず一気に出る。「動きて括せず」とは、引っかかりなく滑らかに動けるということ。準備が十分な者だけが、そう動けるのです。
この章句が説くこと
蔵器待時準備と時機解卦君子
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