易経 / 彖伝
“既濟,亨”,小者亨也。“利貞”。剛柔正而位當也。“初吉”,柔得中也。“終止則亂”,其道窮也。
新字:“既済,亨”,小者亨也。“利貞”。剛柔正而位当也。“初吉”,柔得中也。“終止則乱”,其道窮也。
書き下し
「既済(きせい)は亨(とお)る」とは、小なる者の亨るなり。「貞(ただ)しきに利(よ)ろし」とは、剛柔正しくして位當(あ)たればなり。「初め吉なり」とは、柔中を得ればなり。「終わりに止まれば則ち乱る」とは、其の道窮(きわ)まればなり。
現代語訳
「既済は通じる」というのは、小さなものにまで行き渡って通じるということである。「正しさを守るのがよい」というのは、剛と柔がそれぞれ正しく、位が当たっているからである。「初めは吉」とは、柔が中を得ているからである。「終わりまで来て止まってしまえば乱れる」とは、その道がそこで行き詰まるからである。
解説
既済(きせい)は「すでに渡り終えた」、完成をあらわす卦です。六つの爻がすべて正しい位にあり、剛と柔が過不足なく釣り合う――六十四卦のなかで最も整った形とされます。ところが彖辞は、その完成をただ祝いません。「初め吉」と言った直後に「終わりに止まれば則ち乱る」と告げ、完成したところで手を止めれば、その道はそこで行き詰まると釘を刺します。整いきった状態は、あとは崩れる方向にしか動けないからです。だからこそ易経は、この既済のあとに未完成の未済を置いて六十四卦を閉じました。仕事や経営でも、目標を達成した瞬間が実は最も危うい。売上も体制も、完成形だと思った時点から静かに劣化が始まります。完成を終点ではなく次の起点として扱うこと。それが既済の伝える知恵です。
この章句が説くこと
既済完成盛極必衰持続
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