講孟余話 / 陽明学
講孟余話(陽明学)の名句を、現代語訳と実践の解説つきで。全424句。このページは1〜200句目です。
吉田松陰(一八三〇〜一八五九)が、下田での密航に失敗して萩の野山獄に入れられていた安政二年(一八五五)六月から、獄を出て杉家の一室に幽閉された翌三年六月まで、囚人仲間や家族を相手に『孟子』を一章ずつ講じた記録です。初めは『講孟箚記』と名づけられました。冒頭で「経書を読むの第一義は、聖賢に阿らぬこと要なり」と言い切り、孟子の言葉をそのまま押しいただくのではなく、自分の時代と自分の身に引きつけて読みます。王道と覇道、民を父母のように養う政治、浩然の気、性善、志と学問、師と友、出処進退といった孟子の主題を語りながら、話は長州藩の財政や武士の俸禄、外国船の来航と国防、獄中の教育、学校の構想にまで及びます。孟子が生まれた国を離れて他国に仕えたことは認められないと述べた冒頭の議論は、のちに藩儒の山県太華との論争を呼びました。獄の中で身分も年齢も違う人々と学び合ったこの講義は、松下村塾の教育の出発点となりました。師導では、自筆本を原本とする『吉田松陰全集』定本版(一九三四)第二巻を底本に、同じ組版の別刷り、三教書院本、明治三十年の田中文求堂本と照らし、疑わしい字は頁の画像で確かめて、序・孟子序説・梁恵王上から尽心下までと附尾を章句にして本文の百パーセントを覆いました。学派は「陽明学」に置いています。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
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