講孟余話 / 離婁下 第三十二章
魏武自ラ言フ、吾四目ト両口トアルニ非ス、唯智多キノミト、孟子ノ意亦然リ、両目一口、堯舜ト雖トモ常人ト同シキノミ、其異ナル者ハ心ナリ、心存スレハ則堯舜ナリ、心失スレハ則常人ナリ、然レトモ心存シテ智多キノ人ハ其精神氣象自ラ常人ニ異ナル者アリ、王ノ使シムル人果シテ善ク是ヲ観ルコトヲ得ルヤ否
新字:魏武自ラ言フ、吾四目ト両口トアルニ非ス、唯智多キノミト、孟子ノ意亦然リ、両目一口、堯舜ト雖トモ常人ト同シキノミ、其異ナル者ハ心ナリ、心存スレハ則堯舜ナリ、心失スレハ則常人ナリ、然レトモ心存シテ智多キノ人ハ其精神気象自ラ常人ニ異ナル者アリ、王ノ使シムル人果シテ善ク是ヲ観ルコトヲ得ルヤ否
書き下し
魏武自ら言ふ、「吾四目と両口とあるに非ず、唯だ智多きのみ」と。孟子の意亦然り。両目一口、堯舜と雖も常人と同じきのみ。其の異なる者は心なり。心存すれば則ち堯舜なり、心失すれば則ち常人なり。然れども心存して智多きの人は、其の精神気象自ら常人に異なる者あり。王の使はしむる人、果して善く是れを観ることを得るや否や。
現代語訳
魏の武帝(曹操)は自ら「私に四つの目と二つの口があるわけではない。ただ知恵が多いだけだ」と言った。孟子の意味もまた同じである。目が二つで口が一つなのは、堯や舜であっても普通の人と同じである。異なるのは心である。心を保てば堯舜であり、心を失えば普通の人である。けれども心を保ち知恵の多い人は、その精神や気性がおのずから普通の人と違うところがある。王が(孟子の様子を)うかがわせた人は、果たしてそれをよく見ることができたかどうか。
解説
この章句が説くこと
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