講孟余話 / 梁惠王上 第七章
吾常ニ謂ラク、今相臣天下ヲ兼善スルノ誠志、宇內ヲ包擧スルノ宏量アリテ、先、懷ヲ開キ天下ノ士ヲ萩下ニ招集シ、技藝アル者才能アル者学識アル者、悉ク皆收羅セハ、三五年ヲ出スシテ、萩下ノ人才天下比ナキニ至ラン、加之他国ノ非義無道ヲ諭誠シ、忠臣義士ノ憂欝ヲ伸ヘシメハ、四方孰カ吾藩ヲ仰望セサランヤ、於是列藩ト心ヲ協ヘ、幕府ヲ尊崇シ、上ハ天朝ニ奉事シ、下ハ封疆ヲ守リ、内ハ萬民ヲ愛養シ、外ハ夷狄ヲ威服セシメハ、其偉功盛烈孰カ是ニ如ンヤ、堂々タル長防赫々タル祖業、上明君相アリ下賢士才臣アリ、此事爲スヘカラズト云者アラバ、吾則曰ク、非不能也、不爲也、一羽ヲ擧、輿薪ヲ見、枝ヲ折ルノ類ナリ、然レトモ是レ事体重大囚奴ノ云々スヘキニ非ズ、
新字:吾常ニ謂ラク、今相臣天下ヲ兼善スルノ誠志、宇内ヲ包挙スルノ宏量アリテ、先、懐ヲ開キ天下ノ士ヲ萩下ニ招集シ、技芸アル者才能アル者学識アル者、悉ク皆収羅セハ、三五年ヲ出スシテ、萩下ノ人才天下比ナキニ至ラン、加之他国ノ非義無道ヲ諭誠シ、忠臣義士ノ憂欝ヲ伸ヘシメハ、四方孰カ吾藩ヲ仰望セサランヤ、於是列藩ト心ヲ協ヘ、幕府ヲ尊崇シ、上ハ天朝ニ奉事シ、下ハ封疆ヲ守リ、内ハ万民ヲ愛養シ、外ハ夷狄ヲ威服セシメハ、其偉功盛烈孰カ是ニ如ンヤ、堂々タル長防赫々タル祖業、上明君相アリ下賢士才臣アリ、此事為スヘカラズト云者アラバ、吾則曰ク、非不能也、不為也、一羽ヲ挙、輿薪ヲ見、枝ヲ折ルノ類ナリ、然レトモ是レ事体重大囚奴ノ云々スヘキニ非ズ、
書き下し
吾常に謂へらく、今相臣、天下を兼善するの誠志、宇内を包挙するの宏量ありて、先づ懐を開き、天下の士を萩下に招集し、技芸ある者・才能ある者・学識ある者、悉く皆収羅せば、三五年を出でずして、萩下の人才天下に比なきに至らん。加之、他国の非義無道を諭誡し、忠臣義士の憂鬱を伸べしめば、四方孰か吾が藩を仰望せざらんや。是に於て列藩と心を協へ、幕府を尊崇し、上は天朝に奉事し、下は封疆を守り、内は万民を愛養し、外は夷狄を威服せしめば、其の偉功盛烈孰か是れに如かんや。堂々たる長防、赫々たる祖業、上に明君相あり、下に賢士才臣あり。此の事為すべからずと云ふ者あらば、吾則ち曰く、能はざるに非ざるなり、為さざるなり、一羽を挙げ、輿薪を見、枝を折るの類なりと。然れども是れ事体重大、囚奴の云々すべきに非ず。
現代語訳
私は常々こう思っている。今の重臣に、天下を共に良くしようという誠の志と、天下を包み込む大きな度量があって、まず胸を開いて天下の士を萩の城下に招き集め、技芸ある者、才能ある者、学識ある者をことごとく迎え入れれば、三年五年もたたないうちに、萩の人材は天下に並ぶものがなくなるだろう。そのうえ他国の不義無道を諭し戒め、忠臣義士の鬱屈を晴らしてやれば、四方のどこがわが藩を仰ぎ望まないだろうか。そこで諸藩と心を合わせ、幕府を尊び、上は朝廷に仕え、下は国境を守り、内は万民を慈しみ養い、外は外国を威服させれば、その大きな功績に及ぶものがあろうか。堂々たる長門・周防の国、輝かしい先祖の事業があり、上には明君と賢い重臣、下には賢い士と有能な臣がいる。これができないと言う者がいれば、私は言う。「できないのではない、しないのである。羽一枚を持ち上げ、車一杯の薪を見、枝を折るようなものだ」と。しかしこれは事柄が重大で、囚人の身で論じるべきことではない。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『慎思録』巻之六時の艱危を済ふには、須らく才志兼備の者を用ゐるべし。人才無ければ則ち事を済し得ず。然り而して志無ければ、則ち才有りと雖も、事を済すこと能はず。志有れば、則ち事を済すに力有りて、才も亦生ず。朱子曰く、張子の程先生に於けるや、其の至る所を論ずれば、窃かに意ふに、其れ猶ほ伯夷・伊尹の孔子に於けるがごときかと。又曰く、横渠の学は、乃ち是れ致曲なりと。篤信謂へらく、張子の学ぶ所は極めて厳密にして、道の一隅を得たりと謂ふべきなり。是れ其の致曲の処、未だ二程の具体に如かざるなり。是れ乃ち猶ほ伯夷・伊尹の孔子に於けるがごときか。
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『童子問』卷下問ふ、何ぞ古昔は人材の多くして、後世は之れ尠きや、と。曰く、一なれば則ち達し、岐多ければ則ち迷ふ。後世の人材を成すこと能はざる者は、其の岐多きが為なり。夫れ学なる者は、徳を成し材を達する所以なり。学者内に名利の膠無く、外に他事の擾無く、此に衣食し、此に寝処し、立てば則ち其の前に参ずるを見、輿に在れば則ち其の衡に倚るを見、積みて又積み、老の将に至らんとするを知らず、心心念念、此に専一ならば、則ち何ぞ徳を成し材を達せざることの之れ有らん。舜も人なり、我も亦人なり。堯舜の事業、孔孟の学術と雖も、亦豈に遠からんや。昔韓幹馬を画くことを好み、見る所の馬、皆其の師に非ざるは莫し。夫れ然る後、能く其の妙を造し、古今に冠絶す。古人の道芸に於けるや、皆然り。後の学者は則ち然らず。己の期する所、父兄朋友の責むる所、利名の両者に過ぎず。有用の事は講ぜず、有用の書は読まず。無益の章句を守り、無益の空文に鶩せ、無益の故事を記し、一切時好に狗ひ、名誉を邀へ、旁蹊多岐にして、志を用ふること専らならず。而して大学問・大事業に於ては、則ち之を度外に付す。藉令数十巻の著述有りて世に行はるるも、亦児戯のみ。行々将に澌滅に就かんとす。何の益かあらん。其の求むる所の名と利とも、亦皆児女子の仰歎に供するのみ。何の人材を成す所あらんや。少しく智慮有る者は、其れ取捨する所を知らざるべけんや。
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『囲炉夜話』第百十七則・志は高からざるべからず志は高からざるべからず、志高からざれば、則ち流れを同じくし汙れに合はせ、有爲に足る無し。 心は太だ大なるべからず、心太だ大なれば、則ち近きを舍てて遠きを圖り、成ること有るを期し難し。
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『呻吟語』内篇・應務・只だ一半を信じ得可し毅然として有為の志を奮ふも、手に到り來たれば只だ五分を做し得るのみ。渠自ら信ぜざるに非ず、未だ事に臨まざるの志向は篤しと雖も、既に事に臨むの力量足らざればなり。故に平居人を觀て以て自ら省みるも、只だ一半を信じ得可し。
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『呻吟語』内篇・應務・只だ是れ志無し義の當に為すべき所、力の能く為す所、心為す有らんと欲するも、親友挽き回し得、妻拏勸め止め得るは、只だ是れ志無きなり。
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論語・雍也篇子游、武城の宰と為る。子曰く、「女、人を得たるか。」曰く、「澹台滅明なる者有り。行くに径に由らず。公事に非ざれば、未だ嘗て偃の室に至らざるなり。」
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