講孟余話 / 離婁下 第十七章
此章深ク賢ヲ蔽フヲ惡ム、賢ヲ蔽フトハ、身大臣執政ト成テ下ニ賢者アルヲ知ナカラ拔用セサルノ類ヲ云、賢ヲ見テ擧ルコト能ハス、擧テ先スルコト能ハサルノ義ナリ、賢ヲ蔽フスラ孟子ハ深ク悪ンテ不祥ノ実トス、况ヤ賢ヲ嫉テ是ヲ陷ルヽ如キハ、孟子是ヲ如何トカ云ハン、然レトモ人私心ヲ挾ンテ事ヲ處スル時ハ、忠勤ノ人ニテモ或ハ己カ愛憎ヲ以テシ、或ハ意見ノ異同ヲ以テ、賢ヲ蔽ヒ賢ヲ陷ルコト、古今徃々アルコトナリ、愼ムヘシ戒ムヘシ
新字:此章深ク賢ヲ蔽フヲ悪ム、賢ヲ蔽フトハ、身大臣執政ト成テ下ニ賢者アルヲ知ナカラ抜用セサルノ類ヲ云、賢ヲ見テ挙ルコト能ハス、挙テ先スルコト能ハサルノ義ナリ、賢ヲ蔽フスラ孟子ハ深ク悪ンテ不祥ノ実トス、況ヤ賢ヲ嫉テ是ヲ陥ルヽ如キハ、孟子是ヲ如何トカ云ハン、然レトモ人私心ヲ挟ンテ事ヲ処スル時ハ、忠勤ノ人ニテモ或ハ己カ愛憎ヲ以テシ、或ハ意見ノ異同ヲ以テ、賢ヲ蔽ヒ賢ヲ陥ルコト、古今往々アルコトナリ、慎ムヘシ戒ムヘシ
書き下し
此の章深く賢を蔽ふを悪む。賢を蔽ふとは、身大臣執政と成りて、下に賢者あるを知りながら抜用せざるの類を云ふ。賢を見て挙ぐること能はず、挙げて先にすること能はざるの義なり。賢を蔽ふすら孟子は深く悪んで不祥の実とす。況んや賢を嫉みて是れを陥るる如きは、孟子是れを如何とか云はん。然れども人私心を挟んで事を処する時は、忠勤の人にても或は己が愛憎を以てし、或は意見の異同を以て、賢を蔽ひ賢を陥るること、古今往々あることなり。慎むべし、戒むべし。
現代語訳
この章は、賢者を覆い隠すことを深く憎んでいる。賢者を覆い隠すとは、自分が大臣や執政となり、下に賢者がいると知りながら抜擢しない類をいう。賢者を見ても登用できず、登用しても優先できないという意味である。賢者を覆い隠すことさえ孟子は深く憎んで、不吉の実だとした。まして賢者を妬んで陥れるようなことを、孟子は何と言うだろうか。けれども人が私心を挟んで事を処理するときは、忠勤に励む人であっても、あるいは自分の好き嫌いで、あるいは意見の違いで、賢者を覆い隠し陥れることが、古今しばしばある。慎むべきであり、戒めるべきである。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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孔子家語・六本荊の公子、行年十五にして、荊の相事を摂る。孔子之れを聞き、人をして往きて其の政を為すを観しむ。使者反りて曰わく、「其の朝を視るに清浄にして事少なし。其の堂上に五老有り、其の廊下に二十壮士有り。」孔子曰わく、「二十五人の智を合わせて、以て天下を治むれば、其れ固より免れん。況んや荊においてをや。」
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『長短経』量才経に曰く「智は源泉の如く、行は以て表儀と為す可き者は、人の師なり。智は以て砥礪す可く、行は以て輔警と為す可き者は、人の友なり。法に拠り職を守りて敢えて非を為さざる者は、人の吏なり。前に当たりて意を快くし、一呼再諾する者は、人の隷なり。故に上主は師を以て佐と為し、中主は友を以て佐と為し、下主は吏を以て佐と為し、危亡の主は隷を以て佐と為す」と。其の亡を観んと欲せば、必ず其の下に由る。故に明を同じくする者は相見え、聴を同じくする者は相聞き、志を同じくする者は相従う。賢者に非ざれば賢を用うる能わず。故に輔佐左右の任使せんと欲する所の者は、存亡の機、得失の要なり。
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孔子家語・弟子行凡そ此の諸子は、賜の親しく睹る所の者なり。吾子命ありて賜に訊ぬれば、賜や固より以て賢を知るに足らず。」文子曰わく、「吾れ之を聞く、國に道有れば則ち賢人興り、中人用いられ、乃ち百姓之に歸すと。吾子の論の若きは、既に富茂せり。壹に諸侯の相たるも、抑々世未だ明君有らず、遇わざる所以なり。」
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呂氏春秋・贊能①賢者は人に善くするに人を以てし、中人は事を以てし、不肖者は財を以てす。十の良馬を得るは、一の伯樂を得るに若かず。十の良劍を得るは、一の歐冶を得るに若かず。地千里を得るは、一の聖人を得るに若かず。舜、皋陶を得て、舜、之を受く。湯、伊尹を得て夏民を有ち、文王、呂望を得て殷商を服す。夫れ聖人を得れば、豈に里數有らんや。
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『列子』力命篇小白曰く、然らば則ち孰か可なる、と。對えて曰く、已む勿くんば、則ち隰朋可なり。其の人と爲りや、上は忘れて下は叛かず。其の黄帝に若かざるを愧じて、己に若かざる者を哀れむ。德を以て人に分かつ、之を聖人と謂う。財を以て人に分かつ、之を賢人と謂う。賢を以て人に臨めば、未だ人を得る者有らざるなり。賢を以て人に下る者は、未だ人を得ざる者有らざるなり。其の國に於いて聞かざる有り、其の家に於いて見ざる有り。已む勿くんば、則ち隰朋可なり、と。
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『長短経』大体人主の主道に通ぜざる者は、則ち然らず。自ら之を為せば、則ち賢に任ずる能わず。賢に任ずる能わざれば、則ち賢者之を悪む。此れ功名の傷つく所以、国家の危うき所以なり。〔議に曰く、申子に云う「君は其の道を知るなり、臣は其の事を知るなり。十言十当、百言百当なる者は、人臣の事なり、人君の道に非ず」と。尸子に云う「人臣なる者は、賢を進むるを以て功と為すなり。君なる者は、賢を用うるを以て功と為すなり」と。賈誼云う「臣聞く、聖主は言もて其の臣に問いて、自ら事を造らず。故に人臣をして必ず其の愚忠を尽くすを得しむ。惟だ陛下財幸せよ」と。是に由りて之を言えば、夫れ君の契を司り委任する能わずして賢を妬み能を悪むは、敗を取るの道なり。〕湯武は一日にして尽く夏商の財を有ち、其の地を以て封じて天下敢えて悦服せざる莫く、其の財を以て賞して天下皆競い勧む。用うるに其の有に非ざるに通ずるなり。
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