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講孟余話 / 滕文公下 第十章

孟子ノ陳仲子ヲ議ルハ、避兄離母人倫ノ至重ヲ廃シ、匹夫ノ小廉ヲ行フヲ悪ムニアリ、圈外范氏ノ說甚明カナリ、但仲子ヲ以テ巨擘トスル者ハ、此時斉國ノ士皆利祿ニ趨リ、冨貴ヲ貪リ、離婁下篇ニ云フ所ノ一妻一妾ニシテ室ニ居リ、東郭墦間ノ祭者ニ乞ヒ饜足ヲナス如キ卑劣至極ノ人物ノミ多キヲ以テ、巨擘ト云テ是ヲ称スルナヲヘシ、世澆季ニシテ士清操ナキノ時ニ方リテハ、仲子カ如キモノ末俗ヲ砥礪スルニ裨益ナシト云ヘシ、鳴呼亦巨擘ナルカナ、下篇、孟子時ニ遇スシテ、自ラ道ヲ屈セサルコトヲ明ス、首章第二章、第三章、第七章、皆孟子時ノ諸侯ニ屈セサルノ義ヲ詳ニス、第四章ハ孟子諸侯ノ食ヲ辞セサルコトヲ云、第五章、第六章、第八章、皆政ヲ論ス、孟子諸侯ヲ見ルコトアラハ、其陳說スル所斯ノ如キノミ、此三章ヲ擧テ其端緒ヲ発スルノミ、第九章大議論、孟子自ラ平生辯ヲ好ムニ非ルコトヲ辯シ、是レ孟子遂ニ時ニ遇ス、政事ニ施スコト能ハスシテ、退テ空言ヲ以テ人心ヲ正スルノ志ヲ見ル、第十章仲子ガ蚓ニシテ廉ニ非ルヲ論シ、暗ニ第四章食ヲ辞セサルノ意ト照應ス、読者宜シク諸侯ニ屈セサルノ諸章ト比較シ、孟子ノ屈セサル、仲子ノ廉ト同年ノ論ニ非ルコトヲ了解スヘシ

新字:孟子ノ陳仲子ヲ議ルハ、避兄離母人倫ノ至重ヲ廃シ、匹夫ノ小廉ヲ行フヲ悪ムニアリ、圏外范氏ノ説甚明カナリ、但仲子ヲ以テ巨擘トスル者ハ、此時斉国ノ士皆利禄ニ趨リ、冨貴ヲ貪リ、離婁下篇ニ云フ所ノ一妻一妾ニシテ室ニ居リ、東郭墦間ノ祭者ニ乞ヒ饜足ヲナス如キ卑劣至極ノ人物ノミ多キヲ以テ、巨擘ト云テ是ヲ称スルナヲヘシ、世澆季ニシテ士清操ナキノ時ニ方リテハ、仲子カ如キモノ末俗ヲ砥礪スルニ裨益ナシト云ヘシ、鳴呼亦巨擘ナルカナ、下篇、孟子時ニ遇スシテ、自ラ道ヲ屈セサルコトヲ明ス、首章第二章、第三章、第七章、皆孟子時ノ諸侯ニ屈セサルノ義ヲ詳ニス、第四章ハ孟子諸侯ノ食ヲ辞セサルコトヲ云、第五章、第六章、第八章、皆政ヲ論ス、孟子諸侯ヲ見ルコトアラハ、其陳説スル所斯ノ如キノミ、此三章ヲ挙テ其端緒ヲ発スルノミ、第九章大議論、孟子自ラ平生弁ヲ好ムニ非ルコトヲ弁シ、是レ孟子遂ニ時ニ遇ス、政事ニ施スコト能ハスシテ、退テ空言ヲ以テ人心ヲ正スルノ志ヲ見ル、第十章仲子ガ蚓ニシテ廉ニ非ルヲ論シ、暗ニ第四章食ヲ辞セサルノ意ト照応ス、読者宜シク諸侯ニ屈セサルノ諸章ト比較シ、孟子ノ屈セサル、仲子ノ廉ト同年ノ論ニ非ルコトヲ了解スヘシ

書き下し

孟子の陳仲子を議るは、兄を避け母を離れ人倫の至重を廃し、匹夫の小廉を行ふを悪むにあり。圏外范氏の説甚だ明らかなり。但し仲子を以て巨擘とする者は、此の時斉国の士皆利禄に趨り、富貴を貪り、離婁下篇に云ふ所の、一妻一妾にして室に居り、東郭墦間の祭る者に乞ひて饜足をなす如き卑劣至極の人物のみ多きを以て、巨擘と云ひて是れを称するなるべし。世澆季にして士清操なきの時に方りては、仲子が如きもの末俗を砥礪するに裨益なしと云ふべからず。嗚呼、亦巨擘なるかな。下篇は、孟子時に遇はずして、自ら道を屈せざることを明らかにす。首章・第二章・第三章・第七章、皆孟子時の諸侯に屈せざるの義を詳らかにす。第四章は孟子諸侯の食を辞せざることを云ふ。第五章・第六章・第八章、皆政を論ず。孟子諸侯を見ることあらば、其の陳説する所斯くの如きのみ。此の三章を挙げて其の端緒を発するのみ。第九章は大議論、孟子自ら平生弁を好むに非ざることを弁じ、是れ孟子遂に時に遇はず、政事に施すこと能はずして、退きて空言を以て人心を正すの志を見る。第十章は仲子が蚓にして廉に非ざるを論じ、暗に第四章食を辞せざるの意と照応す。読者宜しく諸侯に屈せざるの諸章と比較し、孟子の屈せざる、仲子の廉と同年の論に非ざることを了解すべし。

現代語訳

孟子が陳仲子を批判したのは、兄を避け母のもとを離れて人倫で最も重いものを捨て、一個人の小さな清廉を行ったことを憎んだからである。朱子注の圏外に引く范氏の説がたいへん明らかである。ただ、孟子が仲子を斉の士の中の第一等と言ったのは、このとき斉の士がみな俸禄に走り、富貴を貪り、離婁下篇にいう、妻と妾を家に置きながら、東の郊外の墓場で祭りをする人に食べ残しを乞うて満腹するような、卑劣きわまる人物ばかりが多かったので、第一等と言って称えたのであろう。世が衰えて士に清い節操がない時代には、仲子のような者も、世の悪い風俗を磨き直すのに役立たないとは言えない。ああ、やはり第一等ではあるのだ。滕文公下篇は、孟子が時に恵まれず、それでも自ら道を曲げなかったことを明らかにしている。首章・第二章・第三章・第七章は、みな孟子が当時の諸侯に屈しなかった意味を詳しく述べる。第四章は孟子が諸侯からの食を辞退しないことを言う。第五章・第六章・第八章はみな政治を論じる。孟子が諸侯に会えば、説くのはこういうことだけである。この三章を挙げてその糸口を示したのである。第九章は大議論で、孟子は自分が普段から議論を好むのではないことを弁じている。ここに、孟子がついに時に恵まれず、政治に施すことができず、退いて言葉によって人の心を正そうとした志が見える。第十章は、仲子がミミズのような生き方で、本当の清廉ではないことを論じ、ひそかに第四章の、食を辞退しないという意味と呼応している。読者は、諸侯に屈しない諸章と比べて、孟子の屈しないことと、仲子の清廉とは同じに論じられないことを理解すべきである。

解説

陳仲子は、兄の禄を不義として母のもとを離れ、自分で草履を編んで暮らし、三日食べずに井戸端の虫食いの李を食べたという斉の廉士です。孟子はそれをミミズでなければ貫けない生き方だと退けました。松陰は、人倫を捨てた小さな潔癖は誤りだとしつつ、利禄に群がる士ばかりの世では仲子のような者もまた世を引き締める役に立つと、少し違う角度から認めます。そして滕文公下篇の構成をまとめ、諸侯に屈しない孟子の毅然さと仲子の潔癖とを混同するなと結びます。潔癖と節操の違いを考えさせる一節です。

この章句が説くこと

清廉潔癖節操人倫陳仲子

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