講孟余話 / 梁惠王上 第三章
穀與魚鼈不可勝食、材木不可勝用、七十者衣帛食肉、黎民不飢不寒、凢政ハ戶口ヲ增スヲ主トス、米穀魚鼈材木ハ乃チ戶口ニ奉スル所以ノ物ナリ、提封百里ト云ヒ、七十里ト云、同シト雖トモ、戶口米穀魚鼈材木ニ至テハ、相倍蓰伍什スル者アリ、土地ハ廣メントスルモ得ベカラズ、故ニ土地上ニ生スル者ヲ殷盛ニスルコト甚便トス、然ルニ昇平日久シキ時ハ戶口ハ自ラ增スト雖トモ、米穀諸物却テ大ニ減耗シ、國力從テ困屈シ、其甚シキニ至テハ、遂ニ国中ノ人民衆多ナルヲ憂ヒ、是ヲ養フコト能ハサルニ至ル、豈一大怪異ノ事ニ非ズヤ、帛ヲ衣肉ヲ食ヒ飢ヘズ寒ヘズ等ノ事ニ至テハ、亦自ラ當今ニ切実ナル措置幾多モアルベシ、其說甚タ長シ、今敢テ贅セズ
新字:穀与魚鼈不可勝食、材木不可勝用、七十者衣帛食肉、黎民不飢不寒、凢政ハ戸口ヲ增スヲ主トス、米穀魚鼈材木ハ乃チ戸口ニ奉スル所以ノ物ナリ、提封百里ト云ヒ、七十里ト云、同シト雖トモ、戸口米穀魚鼈材木ニ至テハ、相倍蓰伍什スル者アリ、土地ハ広メントスルモ得ベカラズ、故ニ土地上ニ生スル者ヲ殷盛ニスルコト甚便トス、然ルニ昇平日久シキ時ハ戸口ハ自ラ增スト雖トモ、米穀諸物却テ大ニ減耗シ、国力従テ困屈シ、其甚シキニ至テハ、遂ニ国中ノ人民衆多ナルヲ憂ヒ、是ヲ養フコト能ハサルニ至ル、豈一大怪異ノ事ニ非ズヤ、帛ヲ衣肉ヲ食ヒ飢ヘズ寒ヘズ等ノ事ニ至テハ、亦自ラ当今ニ切実ナル措置幾多モアルベシ、其説甚タ長シ、今敢テ贅セズ
書き下し
穀と魚鼈とは勝げて食ふべからず、材木は勝げて用ふべからず、七十の者帛を衣肉を食ひ、黎民飢ゑず寒えず。凡そ政は戸口を増すを主とす。米穀・魚鼈・材木は乃ち戸口に奉ずる所以の物なり。提封百里と云ひ、七十里と云ふ、同じと雖も、戸口・米穀・魚鼈・材木に至りては、相倍蓰伍什する者あり。土地は広めんとするも得べからず、故に土地上に生ずる者を殷盛にすること甚だ便とす。然るに昇平日久しき時は、戸口は自ら増すと雖も、米穀諸物却つて大いに減耗し、国力従つて困屈し、其の甚しきに至りては、遂に国中の人民衆多なるを憂ひ、是れを養ふこと能はざるに至る、豈に一大怪異の事に非ずや。帛を衣肉を食ひ飢ゑず寒えず等の事に至りては、亦自ら当今に切実なる措置幾多もあるべし。其の説甚だ長し、今敢へて贅せず。
現代語訳
「穀物と魚や亀は食べきれないほどになり、材木は使いきれないほどになり、七十歳の者は絹を着て肉を食べ、民は飢えず凍えない」。およそ政治は人口を増やすことを主とする。米穀・魚類・材木は、その人々を養うための物である。領地が百里四方と言い七十里四方と言って、広さは同じでも、人口や米穀・魚類・材木の量には、二倍、五倍、十倍の差が出る。土地は広げようとしても広げられないから、土地の上に生まれるものを豊かにするのが最も手っ取り早い。ところが太平が長く続くと、人口は自然に増えるのに、米穀などの産物はかえって大きく減り、国力もそれにつれて衰え、ひどくなると国じゅうの人の多さを嘆き、養うことができなくなる。これはたいへんおかしなことではないか。絹を着て肉を食べ、飢えず凍えないようにするといったことについても、今の世に切実な手立てがいくらもあるはずだ。その説は長くなるので、今はあえて述べない。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『新論』守禦其の希に生ずる所の者を嗇用し、将に以て大いに用ゐる所有らんとす。其の用ゐて以て機に応じ勝を制するに至りては、則ち自ら将略有りて存す。此れ特に兵機を暁る者の為に論ずべくして、紙上に豫め論ずる所に非ざるなり。(戚継光の水戦の法の如きは、弓弩標石と火器と相参ふ。而して火器の如きも、亦其の一船に応に火薬五百斤を備ふべくして、鉛弾は三百斤に過ぎず。火薬の用、鉛弾を発するに止まらざること見るべし。而して参ふるに火箭・噴筒・薬桶の諸器を以てし、専ら鉛弾を用ゐず。則ち火器の必ずしも鉛弾を恃まざることも亦見るべし。)故に大礮の制、干鹵の用、弓弩の技、夫の鉄石雑品の採りて以て用に供すべき者と、皆火を用ゐるの術にして、以て間暇に及びて之を審議せざるべからざるなり。
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『新論』守禦虜は海外諸国を周流し、鉛錫銅鉄硝黄の属、之を諸国の産に資る。其の用固より窮まらず。而して我内に自ら守り、必ず山嶽の秘を発して以て之を用ゐれば、則ち彼此多寡の数、其の較せざるや亦審らかなり。(明人寇を防ぎ、招集屯駐す。当時汪汝淳云ふ、苦しむ所は人日に衆くして、衣甲器械継がず、火薬更に敷かずと。則ち此の火薬の生じ易き者すら、亦猶ほ敷かざるを患ふ。況んや今銅鉄鉛錫、其の生ずること限り有る者をや。)故に或いは弓弩を参用し、必ずしも専ら火器を恃まず。其の火器を用ゐる者も、亦専ら銅と鉛とを恃まず。其の銃身は或いは鉄或いは木、其の弾は或いは鉄或いは石或いは餅、或いは和するに銅鉄の滓・海上の沙鉄の類を以てして、以て餅と為す。朽縄・敗布・爛網・破罟と雖も、亦採りて以て錬造に供す。其の乏しきを補ふべからざる無し。棄物を収蔵して、以て有用を待ち、之を平素に試み、士卒をして習ひて之を知らしめ、事に臨みて百方参用すれば、庶はくは急遽にして以て匱乏を致さざらん。
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『政談』金銀錢員數減少する仔細の事偖銭を夥く鋳出たさんには、当時長崎の金高つまりて銅を異国へくたさるゝことなれは、銅払底にて差支あるへし、総体銅の払底になりたるに仔細あり、此の三四十年このかた御城下は勿論、田舎の末々まて小寺小院にも鐘を鋳さるはなし、六十余州を詮識ぜは莫大の銅なるへし、小さき仏像其の数も夥しくなりたり、仏像も余りに夥しくなれは信仰は次第に薄くなることなれは、仏法のためにも宜しからさることなり、特に鐘の功徳と云ふは人の眠りを醒し、六時勤行の時を教へ、十二時の移り行くを知らせて無常を観するたよりとし、又大叢林にては峰々谷々の衆僧を呼集むる用事の為に鐘をつることなり、然るに鐘楼もなき小寺小院のつく人さへもなきに、旦那を勧進して鐘を楼下につり置きたるは何のため成るぞや、つかぬ鐘に声なし、声なくて功徳のあるへきやうなし、真に無用のものなり、
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『政談』金銀錢員數減少する仔細の事此等のたぐひ、其外世間にある無用の銅器を鋳つぶし、銭を鋳は如何程も出来し、夫にて世界の困窮を救はゝ仏の慈悲心に叶ふべし、但し俗人の取捌きにて寺々の鐘を取りあくること愚かなる人の人情にさかふへけれは、智徳ある高僧に御相談ありて、教化させて其うへにて、屹としたる寺の鐘楼もあり、鐘をもつく用事のある寺はかりを遺し置きて、其外の小寺小院の鐘を悉く銭に鋳させ、その鐘を其の寺々に之を下され寺の修理に用ひたきことなり、
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『新論』守禦金銀・銅鉄・鉛錫・玉石、凡そ山嶽の蔵する所は、宜しく其の用を恡みて其の糜を禁ずべし。今梵宮・装閣、及び他の玩好の諸物、以て閭閻の用器・婦女の衣帯に至るまで、金を塗り銀を抹せざる莫し。則ち銷金の禁、厳ならざるべからざるなり。(西土の史書に載する所、其の府中の黄金銀物を出して以て軍用に供する者有り、金銀薄を禁ずる者有り、織成金を禁ずる者有り。古人の金銀を用ゐる所以の者、此に在りて彼に在らざること見るべし。唐六典に十四種の金有り、曰く、銷金・拍金・鍍金・織金・砑金・披金・泥金・鏤金・撚金・戧金・圏金・貼金・嵌金・裏金と。宋の時糜金以て服器を飾るを禁じ、又金銀箔線・貼金・銷金・蹙金線にて什器・土木・玩用の物を装貼するを禁じ、命婦に非ざれば以て首飾と為すを得ず。冶宋主の用ゐる所は、悉く官に送らしむ。諸州の寺観、金箔を以て像を飾る者は、自ら金銀工価を齎し、思文院に就きて換給せしむ。又僧の金銀珠玉を求丐し錯末して泥に和し以て塔像を為るを禁ず。又内庭は中宮より以下、並びに銷金・貼金・間金・戭金・解剔金・陥金・明金・泥金・楞金・背影金・盤金・織金・金線撚糸もて衣服に装着するを得ず、並びに金を以て飾と為すを得ざらしむ。其の外庭の臣庶の家も、悉く皆断禁す。是れ他の歴代の申禁、至らざる所無し。其の天地の蔵を発くを重んずるの意も、亦見るべきなり。)
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『政談』公儀御身上の制度の事其仕方公儀にて御入用のほとを積りて其大名の身上〳〵に応し出さしむべきなり、譬へは越前よりは奉書つめ、会津よりは蝋うるし、南部相馬よりは馬、上州加賀よりは絹、仙台長門よりは紙のたぐひなり、身上の高よりは出もの多形なとは外より出るものを下さるゝこともあるへし、御城下に御蔵を所々に立て置きて馬にて付込すへし、当時献上物なとのやうに仰山にすることにては諸大名無用の痛みと成るへし、唯当時御買上けになるを御買上げにせすして諸大名に出さするまてのことにすへし、歴代の先例皆斯の如し、偖又古は名山大川は封せずと云ふことあり、左様の所をは大名には下さらぬことなり、材木の出つる山金銀銅鉄鉛等の出つる山、名塩の出つる地は下されましき所なり、当時尾州へ木曽を進せられ、紀州へは熊野を進せられたること古法になきことなり、下されましき山を下し置れて上の御用には材木を御買上けにすること如何なる無調法なる仕方なるろや、特に東山東海の二道を尾州の御領にて塞くこと是れ亦あるましきことの第一なり、
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