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講孟余話 / 滕文公下 第九章

役義ヲ勤ムルノ初一念モ種々アリ、就中道ヲ行ヒ国ニ報スル爲ニスルハ上ナリ、立身出世ノ爲ニスルハ下ナリ、是亦志得官達スルニ從ヒ、益々著ルヽ事ナリ、其他何事ニ依ラス、初一念カ大切ナリ、王安石ノ新政モ、其執拗ノ念ハ釣魚ノ宴ニ餌ヲ食フヨリ前ニアルコトナリ、其念常ニ胸中ニ蟠リ、小事ニ遇ヘハ小発シ、大事ニ遇ヘハ大発ス、凢ソ書ヲ読ミ官ニ當ル者、自ラ我初一念如何ト省察シテ、其非ヲ改メ善ニ從ルヘシ、此處百万ノ大敵ヲ平クルノ勇ニ非スンハ、痛ク懲スコト能ハス、消々ヲ塞カサレハ、遂ニ江河トナル、両葉ヲ断サレハ、斧柯ヲ用ントスハ、カヽルコトヲソ云ナルベシ、

新字:役義ヲ勤ムルノ初一念モ種々アリ、就中道ヲ行ヒ国ニ報スル為ニスルハ上ナリ、立身出世ノ為ニスルハ下ナリ、是亦志得官達スルニ従ヒ、益々著ルヽ事ナリ、其他何事ニ依ラス、初一念カ大切ナリ、王安石ノ新政モ、其執拗ノ念ハ釣魚ノ宴ニ餌ヲ食フヨリ前ニアルコトナリ、其念常ニ胸中ニ蟠リ、小事ニ遇ヘハ小発シ、大事ニ遇ヘハ大発ス、凢ソ書ヲ読ミ官ニ当ル者、自ラ我初一念如何ト省察シテ、其非ヲ改メ善ニ従ルヘシ、此処百万ノ大敵ヲ平クルノ勇ニ非スンハ、痛ク懲スコト能ハス、消々ヲ塞カサレハ、遂ニ江河トナル、両葉ヲ断サレハ、斧柯ヲ用ントスハ、カヽルコトヲソ云ナルベシ、

書き下し

役儀を勤むるの初一念も種々あり。就中道を行ひ国に報ずる為めにするは上なり、立身出世の為めにするは下なり。是れ亦志得て官達するに従ひ、益々著るる事なり。其の他何事に依らず、初一念が大切なり。王安石の新政も、其の執拗の念は釣魚の宴に餌を食ふより前にあることなり。其の念常に胸中に蟠り、小事に遇へば小さく発し、大事に遇へば大きく発す。凡そ書を読み官に当たる者、自ら我が初一念如何と省察して、其の非を改め善に従ふべし。此の処百万の大敵を平らぐるの勇に非ずんば、痛く懲らすこと能はず。消々(涓々)を塞がざれば遂に江河となる。両葉を断たざれば斧柯を用ひんとすとは、かかることをぞ云ふなるべし。

現代語訳

役目を勤める最初の一念にもいろいろある。中でも、道を行い国に報いるためにするのが上であり、立身出世のためにするのが下である。これもまた、志が通り官位が上がるにつれて、ますますはっきり表れてくる。そのほか何事によらず、最初の一念が大切である。王安石の新法も、その頑固な思いは、釣魚の宴で釣り餌を食べてしまったという話より前からあったものである。その思いが常に胸中にわだかまり、小さな事に出会えば小さく、大きな事に出会えば大きく現れる。およそ書を読み、官職に就く者は、自分の最初の一念はどうかと省みて、その誤りを改め善に従うべきである。ここは百万の大敵を平らげるほどの勇気がなければ、厳しく正すことはできない。細い流れを塞がなければ、ついには大河となる。双葉のうちに断たなければ、やがて斧を使うことになる、というのは、こういうことを言うのであろう。

解説

松陰は初一念の話を、学問から仕事へ広げます。国のために勤めるか、出世のために勤めるか。その違いは地位が上がるほどはっきり出る、と言います。北宋の王安石は、仁宗の釣魚の宴で、うっかり釣り餌を全部食べてしまい、帝に偽りの人と疑われたと伝えられる人物です。松陰はその頑なさが新法の強引さにまで通じていると見ました。そして、最初の動機の歪みを正すには大敵を打ち破るほどの勇気がいると言います。小さな流れのうちに塞げ、双葉のうちに摘め。習慣や組織の小さな歪みにもそのまま当てはまる警句です。

この章句が説くこと

初一念仕事出世自省王安石

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