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講孟余話 / 離婁上 第六章

爲政不難、此章不難ノ二字大奇絕妙、人ヲ駭スノ高言ト云ヘシ、巨室ハ是レ世臣大家、倔强蹇傲、動モスレハ人主ヲ嚙ントスル者ニシテ、是ヲ處スルノ難キ古今ノ大難局ナリ、今乃チ容易ニ不難ノ二字ヲ安頓ス、豈高言ニ非スヤ、下面ノ數句ヲ讀ムニ至リ、乃チ其高言ニ非ルヲ知ルヲ得、然トモ不難ノ難悠々タル古今誰能ク之ヲ行ン、是ヲ古ニ攷フルニ平清盛源賴朝北條義時等ノ如キ皆巨室ノ尤ナル者ナリ、恐多クモ後白河天皇後鳥羽天皇徒ニ清盛賴朝義時ヲ怨怒シ給ノ心ノミニシテ、前章所謂反求在身ノ工夫ナク、重ク罪ヲ巨室ニ得玉フコト實ニ勿体ナキコトナリ、二帝苟モ仁ニ反リ智ニ反リ敬ニ反リ、身ヲ修テ家ヲ齊ヘ國ヲ治メ天下ヲ平ニシ玉ハヽ沛然タル德教四海ニ溢ルヽ者、巨室ト云トモ何ヲ以テ是ヲ禦カンヤ、且観ヨ、大舜ハ歴山ノ農夫ナレトモ居ル所都ヲナスニ至ル、孔子ハ纍々タル喪家ノ狗ナレトモ三千ノ徒心服スルニ至ル、他ナシ德ノミ、反求在身ハ德ヲ明ニスルノ工夫ナリ而ルヲ况ヤ一天萬乘ノ天子ニシテ此德ヲ明ニセハ其效如何ソヤ、吾二帝ニ於テ萬々遺憾アリ、獨後醍醐天皇ノ初政稍是ニ近シトス、而シテ其甚難キト其終ザルト盖シ初ヤ是ニ於テ盡サヾル所アリ、終ヤ是ヲ忘ルレハナリ、孟子ノ言豈信ナラスヤ、世事ニ志アル者讀テ此章ニ至リ三復流涕スルノミ、悠々タル蒼天是レ何人ソヤ

新字:為政不難、此章不難ノ二字大奇絶妙、人ヲ駭スノ高言ト云ヘシ、巨室ハ是レ世臣大家、倔強蹇傲、動モスレハ人主ヲ噛ントスル者ニシテ、是ヲ処スルノ難キ古今ノ大難局ナリ、今乃チ容易ニ不難ノ二字ヲ安頓ス、豈高言ニ非スヤ、下面ノ数句ヲ読ムニ至リ、乃チ其高言ニ非ルヲ知ルヲ得、然トモ不難ノ難悠々タル古今誰能ク之ヲ行ン、是ヲ古ニ攷フルニ平清盛源頼朝北条義時等ノ如キ皆巨室ノ尤ナル者ナリ、恐多クモ後白河天皇後鳥羽天皇徒ニ清盛頼朝義時ヲ怨怒シ給ノ心ノミニシテ、前章所謂反求在身ノ工夫ナク、重ク罪ヲ巨室ニ得玉フコト実ニ勿体ナキコトナリ、二帝苟モ仁ニ反リ智ニ反リ敬ニ反リ、身ヲ修テ家ヲ斉ヘ国ヲ治メ天下ヲ平ニシ玉ハヽ沛然タル徳教四海ニ溢ルヽ者、巨室ト云トモ何ヲ以テ是ヲ禦カンヤ、且観ヨ、大舜ハ歴山ノ農夫ナレトモ居ル所都ヲナスニ至ル、孔子ハ纍々タル喪家ノ狗ナレトモ三千ノ徒心服スルニ至ル、他ナシ徳ノミ、反求在身ハ徳ヲ明ニスルノ工夫ナリ而ルヲ況ヤ一天万乗ノ天子ニシテ此徳ヲ明ニセハ其効如何ソヤ、吾二帝ニ於テ万々遺憾アリ、独後醍醐天皇ノ初政稍是ニ近シトス、而シテ其甚難キト其終ザルト盖シ初ヤ是ニ於テ尽サヾル所アリ、終ヤ是ヲ忘ルレハナリ、孟子ノ言豈信ナラスヤ、世事ニ志アル者読テ此章ニ至リ三復流涕スルノミ、悠々タル蒼天是レ何人ソヤ

書き下し

「政を為すは難からず」。此の章「不難」の二字、大奇絶妙、人を駭かすの高言と云ふべし。巨室は是れ世臣大家、倔強蹇傲、動もすれば人主を噛まんとする者にして、是れを処するの難き古今の大難局なり。今乃ち容易に「不難」の二字を安頓す。豈に高言に非ずや。下面の数句を読むに至り、乃ち其の高言に非ざるを知るを得。然れども不難の難、悠々たる古今、誰か能く之れを行はん。是れを古に考ふるに、平清盛・源頼朝・北条義時等の如き、皆巨室の尤なる者なり。恐れ多くも後白河天皇・後鳥羽天皇、徒らに清盛・頼朝・義時を怨怒し給ふの心のみにして、前章所謂反求在身の工夫なく、重く罪を巨室に得給ふこと実に勿体なきことなり。二帝苟も仁に反り、智に反り、敬に反り、身を修めて家を斉へ国を治め天下を平らかにし給はば、沛然たる徳教四海に溢るる者、巨室と云へども何を以て是れを禦がんや。且つ観よ、大舜は歴山の農夫なれども、居る所都をなすに至る。孔子は累々たる喪家の狗なれども、三千の徒心服するに至る。他なし、徳のみ。反求在身は徳を明らかにするの工夫なり。而るを況んや一天万乗の天子にして此の徳を明らかにせば、其の効如何ぞや。吾二帝に於て万々遺憾あり。独り後醍醐天皇の初政稍是れに近しとす。而して其の甚だ難きと其の終らざると、蓋し初めや是れに於て尽くさざる所あり、終りや是れを忘るればなり。孟子の言、豈に信ならずや。世事に志ある者、読みて此の章に至り、三復流涕するのみ。悠々たる蒼天、是れ何人ぞや。

現代語訳

「政治をするのは難しくない」。この章の「難しくない」の二字はきわめて奇抜で絶妙であり、人を驚かす大言と言うべきである。巨室とは代々の重臣や大家であり、強情で傲慢で、ややもすれば君主にかみつこうとする者たちで、これをうまく扱うのは古今の大難題である。それなのに、たやすく「難しくない」の二字を置いた。大言ではないか。だが下の数句を読むと、それが大言ではないことがわかる。とはいえ、この「難しくない」ことの難しさよ。はるかな古今を通じて、誰がこれを行えただろうか。昔に照らせば、平清盛・源頼朝・北条義時らは、みな巨室の最たる者である。恐れ多くも後白河天皇・後鳥羽天皇は、ただ清盛・頼朝・義時を恨み怒る心ばかりで、前章の言う「自分に振り返り、根本は身にある」という工夫がなく、重く巨室の恨みを買われたのは、まことにもったいないことである。二帝がもし仁に立ち返り、智に立ち返り、敬に立ち返り、身を修めて家を整え、国を治め天下を平らかにされたなら、あふれ出る徳の教えは天下に満ち、巨室といえども何によってそれを防げようか。見よ、大舜は歴山の農夫であったが、住む所が都になるほど人が集まった。孔子は宿なしの犬のようにさまよったが、三千の弟子が心から従った。ほかでもない、徳のためである。反求在身は徳を明らかにする工夫である。まして天下の天子がこの徳を明らかにされたなら、その効き目はどれほどであろうか。私は二帝について、まことに残念でならない。ただ後醍醐天皇の建武の初めの政治だけは、いくらかこれに近い。それでもひどく難航し、全うされなかったのは、初めにこの工夫を尽くされないところがあり、終わりにはこれを忘れられたからであろう。孟子の言葉は、なんと真実ではないか。世の事に志ある者は、この章を読むたびに、繰り返し読んで涙を流すばかりである。はるかな青空よ、これは誰のせいなのか。

解説

孟子は「政を為すは難からず、罪を巨室に得ず」と言い、有力な大家に恨まれなければ政治は難しくないと説きました。松陰はこの大胆な一句に驚きつつ、その難しさを日本史で確かめます。平清盛や源頼朝、北条義時といった武家の台頭を前に、後白河天皇や後鳥羽天皇はただ相手を恨むばかりで、自ら徳を明らかにする工夫に欠けた、と恐れながら惜しみます。舜や孔子が人を従えたのは力ではなく徳だったと対比し、後醍醐天皇の建武の新政も初めと終わりにその工夫が足りなかったと見ます。手強い相手を前にしたとき、責める前に自分を整えよという教えを、松陰は皇室の歴史にまで当てはめて考えたのです。

この章句が説くこと

反求徳巨室政治歴史

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