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講孟余話 / 離婁下 第十六章

服人養人ノ公私、學者ニ於テ最モ精察スヘキコトナリ、蓋シ學ノ道タル、己カ才能ヲ街シテ人ヲ屈スル所以ニ非ス、人ヲ教育シテ同シク善ニ帰セント欲スル所以ナリ、養人ノ意義、第七章、中也養不中、才也養不才ノ意ト相照シテ発明スヘシ

新字:服人養人ノ公私、学者ニ於テ最モ精察スヘキコトナリ、蓋シ学ノ道タル、己カ才能ヲ街シテ人ヲ屈スル所以ニ非ス、人ヲ教育シテ同シク善ニ帰セント欲スル所以ナリ、養人ノ意義、第七章、中也養不中、才也養不才ノ意ト相照シテ発明スヘシ

書き下し

服人養人の公私、学者に於て最も精察すべきことなり。蓋し学の道たる、己が才能を衒ひて人を屈する所以に非ず、人を教育して同じく善に帰せんと欲する所以なり。養人の意義、第七章「中や不中を養ひ、才や不才を養ふ」の意と相照らして発明すべし。

現代語訳

善で人を服従させるのか、善で人を養うのかという公私の違いは、学ぶ者が最も細かく見極めるべきことである。思うに学問の道は、自分の才能をひけらかして人を屈服させるためのものではなく、人を教え育てて共に善に帰そうとするためのものである。「人を養う」の意味は、第七章の「中正な者が中正でない者を養い、才ある者が才なき者を養う」の意味と照らし合わせて明らかにすべきである。

解説

離婁下第十六章は、善で人を服従させようとして服した者はなく、善で人を養ってこそ天下は服する、と説きます。松陰はここに学問の公私を見ます。学びを、自分の才をひけらかして人を言い負かすために使うのは私、人を育てて共に善へ向かうために使うのは公だ、と。そして第七章の「養」の講説と合わせて読むよう促します。知識を持つ人ほど、それを相手を負かす道具にしていないかを省みたくなる言葉です。

この章句が説くこと

教育公私養う学問謙虚

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