講孟余話 / 離婁上 第十九章
此章事親、守身ノ二事ヲ論ス、終ニ事親ノ一事ヲ承テ、曾子曾元ノ孝ヲ引テ、養口体ト養志トヲ辨別ス、養志ヲ以テ主トス、請所與曰有ト云ハ特ニ其端ヲ云ノミ、養志ノ義ハ甚廣大ナリ、凡ソ父母ノ志ノ達スル樣ニスルコト皆是ナリ、人子タル者父母ノ心ヲ以テ心トスル時ハ孝ト云ヘシト云モ即此義ナリ
新字:此章事親、守身ノ二事ヲ論ス、終ニ事親ノ一事ヲ承テ、曽子曽元ノ孝ヲ引テ、養口体ト養志トヲ弁別ス、養志ヲ以テ主トス、請所与曰有ト云ハ特ニ其端ヲ云ノミ、養志ノ義ハ甚広大ナリ、凡ソ父母ノ志ノ達スル様ニスルコト皆是ナリ、人子タル者父母ノ心ヲ以テ心トスル時ハ孝ト云ヘシト云モ即此義ナリ
書き下し
此の章、親に事ふる・身を守るの二事を論ず。終りに親に事ふるの一事を承けて、曾子・曾元の孝を引きて、口体を養ふと志を養ふとを弁別す。志を養ふを以て主とす。「与ふる所を請ふ、曰く有り」と云ふは、特に其の端を云ふのみ。志を養ふの義は甚だ広大なり。凡そ父母の志の達する様にすること、皆是れなり。人の子たる者、父母の心を以て心とする時は孝と云ふべしと云ふも、即ち此の義なり。
現代語訳
この章は、親に仕えることと、自分の身を守ることの二つを論じている。最後に親に仕えることの一つを受けて、曾子と曾元の孝行を引き、親の口と体を養うことと、親の志を養うこととを区別している。そして志を養うことを主としている。「残りを誰に与えましょうかと尋ね、まだありますと答える」と言うのは、そのほんの糸口を言っただけである。志を養うという意味はたいへん広い。およそ父母の志が遂げられるようにすることは、みなこれである。子たる者が父母の心を自分の心とするなら孝と言える、というのも、まさにこの意味である。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『家道訓』巻之三・総論下一凡家の主は、四民ともに其身ををさめて、家をおこさんことを志すべし。まづ親先祖より伝はれる禄と財とを失はずして、よくたもつを孝とすべし。つみなけれど、災ありて失ふはちからに及ばず。不徳にしてみづから財禄を失ひ、或は財禄をへらすは、大なる不孝なり。家業をよくつとめておこたらず、倹約にしておごらず、万の事つつしみてあやまりすくなくし、家を能く治めておこたらざるは善士なり。其志ある者は、其事遂に成るといへり。其志かくの如くなる善士は、必ず家をおこす。
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