講孟余話 / 公孫丑下 第三章
註、尹氏曰、君子之辞受取予、唯當於理而已、按スルニ是等ノ處ニ於テ、君子小人ノ別ヲ知ルベシ、君子ハ何事ニ臨ミテモ理ニ合フカ合ヌカト考テ、然ル後是ヲ行フ、小人ハ何事ニ臨ミテモ利ニナルカナラヌカト考テ、然ル後是ヲ行フ、故ニ君子トナルコト難カラズ、今日大小ノ事ニ拘ラズ、理ハ如何、理ハ如何ト考テ是ヲ行フノミ、何ソ獨辭受取予ノミナランヤ
新字:註、尹氏曰、君子之辞受取予、唯当於理而已、按スルニ是等ノ処ニ於テ、君子小人ノ別ヲ知ルベシ、君子ハ何事ニ臨ミテモ理ニ合フカ合ヌカト考テ、然ル後是ヲ行フ、小人ハ何事ニ臨ミテモ利ニナルカナラヌカト考テ、然ル後是ヲ行フ、故ニ君子トナルコト難カラズ、今日大小ノ事ニ拘ラズ、理ハ如何、理ハ如何ト考テ是ヲ行フノミ、何ソ独辞受取予ノミナランヤ
書き下し
註に「尹氏曰く、君子の辞受取予は、唯理に当るのみ」。按ずるに是等の処に於て、君子・小人の別を知るべし。君子は何事に臨みても理に合ふか合はぬかと考へて、然る後是れを行ふ。小人は何事に臨みても利になるかならぬかと考へて、然る後是れを行ふ。故に君子となること難からず。今日大小の事に拘らず、理は如何、理は如何と考へて是れを行ふのみ。何ぞ独り辞受取予のみならんや。
現代語訳
朱子の注に「尹氏が言うには、君子が辞退したり受け取ったり、取ったり与えたりするのは、ただ道理にかなうかどうかによるだけである」とある。考えてみると、こうしたところで君子と小人の違いを知ることができる。君子はどんなことに臨んでも、道理にかなうかどうかを考えてから行う。小人はどんなことに臨んでも、利益になるかどうかを考えてから行う。だから君子となるのは難しいことではない。今日から、事の大小にかかわらず、道理はどうか、道理はどうかと考えて行えばよいだけである。辞退や受け取りのことだけに限らない。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『君子訓』巻之中一凡人の誉め誹り、必みだりに信ずべからず。善人にも人を知ること昧き人ありて、誉め謗りに誤あり。又小人婦女奴婢は、知なく私ありて、人の善悪邪正を知らず。我が心に合へば悪人をも誉めあげ、心に合はざれば善人をも謗りおとす。善行をも悪といひ、悪行をもよしといふ。小なる事を大に言ひなし、大なるひが事をも咎めず。時の勢に徇ひて、ほめそしること定まらず。道理に違ひ、正直ならず。愚なる人は、かかるひがことを信じて、君子を退け、小人を親みて、小人にたぶらかされ、名を汚し、身を亡すに至る。つつしむべし。
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『慎思録』巻之一学者は必ず道に通じて、而る後に君子の学と為すべし。故に孝弟忠信を修むるの余暇、須らく義理を研究し聡明を開発するを以て務めと為すべし。苟も然らざれば、則ち博学広聞、経義詳審なりと雖も、道に通ずること能はず、徒らに記誦訓詁の習ひのみ。何を以てか天下の事理を判断し、天下の是非を弁別して、差失無かるべけんや。且つ或いは雕虫の文、藻飾の詞を以て事と為す。巧みなりと雖も、亦何ぞ己に益し人に補ふこと有らんや。
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『大和俗訓』巻之八・応接一人の善言を聞きて移りやすきは、誠によし。人の不善なる言を聞きて、移りやすき人あり。まよへりと云ふべし。是知なければなり。よく心の内に思案し、其言の是非をわきまへて、悪しき言にまよふべからず。一古人の言に、衆人を以て人を望めば、人従ひやすしといへり。衆人とは凡夫のことなり。人の我に対し不義なるをば、凡夫なればかくこそあらめと思ひ、なだめ許して咎めざれば、人我に従ひやすく、人そむかずとなり。君子の道を以て矩にして、凡夫を一々ただせば、一も矩にあはず。一人も全き人なかるべし。かくの如くすれば、人我に従はず、背きやすし。ひが事多きは、うき世のならひぞと思ひさとりて、人をとがめ世をうらみざる事、君子の心なり。
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『文武訓』武訓上一張南軒曰く、君子は難を避けず。亦難に預からず。此意は、不慮にのがれがたき難に臨みて、其場をはづして身をのがるるは怯し、義にあらず。是難を去らざるなり。難にあふとも、難を避けて身をのがるべからず。又、我が身にあづからざる事にわざと出合ひて、難にあづかるは愚なり。此二は共に理にあたらず、勇にあらず。されば身を捨つることはやすけれど、捨ててかひありて理にあたることはかたし。道理にそむきて、死ぬまじき時に死し、あたら命をすつるは愚なりといふべし。死ぬべき時に死なざるは、不義といふ故に、死ぬべからざる時に死して身を失ひ、死ぬべき時に死なずして義を失ふも、共に勇にあらず、理にそむけり。
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『五常訓』巻之四・義一子曰く、君子の天下に於けるや、適も無く、莫も無し、義と之れ与に比ふ。君子は天下一切のことにおいて、専らに主としてすべき事も無く、又すべからざる事もなし。是万の事、善悪一定せず、唯時の宜しき道にしたがふべし。一事を以ていはば、世に出でて必仕ふるを専らにせず、是無適なり。仕へまじき時は仕へずして、世をのがるべし。又必仕へざるを以てむねとせず。是無莫なり。仕ふべき時は仕へて、道を行ふべし。然れば、仕ふるも仕へざるも、唯義とともにしたがふべし。仕へて宜しき時は仕へ、仕ふまじき時は仕へず。是義にしたがふなり。たとへば道を行くに、早きがよしといふは適なり。早きを悪しきとするは莫なり。早く行きてよき時は早く、しづかに行きてよき時はしづかなるは、義とともにしたがふ也。人に物を与へんと定むるは適なり。与へまじきと定むるは莫なり。与ふべき時は与へ、与ふまじき時は与へず。是義とともにしたがふなり。万のこと、皆是を以ておして知るべし。義は事の主なり。万事の善悪一定せず、唯義にまかせて行ふべし。是善なり。
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『囲炉夜話』第二百三則・必ず諸を心に問ふ言は盡くは信ず可からず、必ず諸を理に揆る。事は未だ遽かに行ふ可からず、必ず諸を心に問ふ。
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