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講孟余話 / 滕文公上 第三章

余ヲシテ橫渠ノ時ニ生レシメハ、必ス此事ヲ成サン者ヲト思へトモ、幽明道遙ニシテ詮方ナシ、况ヤ今囹圄ノ囚トナリ、志アリト云へ共遂グヘキ樣ナシ、徒ニ橫渠ノ說ヲ読テ感淚胸ヲ沽スノミ、但橫渠ノ說ハ田ヲ画シ井トナスカ最モ用意ノ所ト見ヘタリ、仁政ハ経界ヨリ始ルトアレハ、此事固ヨリ要務ニハアルヘケレト、是ハ法制ニ係リタルコトニテ、萬一人情ニ合シ土俗ニ宜カラヌコトアレハ、大ニ民間ヲ擾乱スルニ至ル、故ニ夫ヨリハ此一節ニ云所ノ実ヲ主トシテ行ヒ度コトナリ

新字:余ヲシテ横渠ノ時ニ生レシメハ、必ス此事ヲ成サン者ヲト思へトモ、幽明道遥ニシテ詮方ナシ、況ヤ今囹圄ノ囚トナリ、志アリト云へ共遂グヘキ様ナシ、徒ニ横渠ノ説ヲ読テ感涙胸ヲ沽スノミ、但横渠ノ説ハ田ヲ画シ井トナスカ最モ用意ノ所ト見ヘタリ、仁政ハ経界ヨリ始ルトアレハ、此事固ヨリ要務ニハアルヘケレト、是ハ法制ニ係リタルコトニテ、万一人情ニ合シ土俗ニ宜カラヌコトアレハ、大ニ民間ヲ擾乱スルニ至ル、故ニ夫ヨリハ此一節ニ云所ノ実ヲ主トシテ行ヒ度コトナリ

書き下し

余をして横渠の時に生れしめば、必ず此の事を成さん者をと思へども、幽明道遥かにして詮方なし。況や今囹圄の囚となり、志ありと云へども遂ぐべき様なし。徒に横渠の説を読みて感涙胸を沽すのみ。但し横渠の説は田を画し井となすか最も用意の所と見えたり。仁政は経界より始まるとあれば、此の事固より要務にはあるべけれど、是れは法制に係りたることにて、万一人情に合し土俗に宜からぬことあれば、大いに民間を擾乱するに至る。故に夫れよりは此の一節に云ふ所の実を主として行ひ度きことなり。

現代語訳

もし私を張横渠の時代に生まれさせてくれたなら、必ずこの事を成し遂げてみせるものをと思うけれども、あの世とこの世は道が遠く隔たっていて、どうしようもない。まして今は牢獄の囚人となり、志はあっても成し遂げるすべがない。ただ横渠の説を読んで、感激の涙で胸をぬらすばかりである。ただし横渠の説は、田を区画して井田にすることを最も心を用いたところとしているように見える。「仁政は境界を正すことから始まる」とあるので、このことはもとより大切な務めではあろうが、これは法制にかかわることであって、万一人情に合わず土地の風俗にそぐわないことがあれば、大いに民間を乱すことになる。だからそれよりは、この一節に言う実際を主として行いたいものである。

解説

張横渠の志に涙した松陰は、自分が獄中にあって何もできない無念を率直に記します。そのうえで、横渠が力を入れた土地区画の改革は、人情や土地の風俗に合わなければかえって民を乱すと冷静に判断し、それより五人組を使った助け合いの実践を優先したいと言います。理想に感動しながらも、制度をいじることの危うさを見落とさない。熱い志と冷静な現実感覚が同居しているところに、松陰の改革論の特徴があります。

この章句が説くこと

改革現実感覚制度実践仁政

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