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講孟余話 / 離婁上 第十三章

此章卽チ上章至誠ニシテ動カスノ一徵ナリ、文王至誠ニシテ老ヲ養フ故ニ伯夷太公動テ興起スルナリ、天下ノ人皆動テ是ニ歸スルナリ、文王ノ心初ヨリ伯夷太公ヲ動サン天下ノ人ヲ動サントノ心アルニ非ス、若シ此心アラハ至誠ニ非ス、是亦上ノ道在爾、事在易ノ義トモ相通ス、下章ノ意ハ皆誠ナラサルノ非ヲ論スルナリ

新字:此章即チ上章至誠ニシテ動カスノ一徴ナリ、文王至誠ニシテ老ヲ養フ故ニ伯夷太公動テ興起スルナリ、天下ノ人皆動テ是ニ帰スルナリ、文王ノ心初ヨリ伯夷太公ヲ動サン天下ノ人ヲ動サントノ心アルニ非ス、若シ此心アラハ至誠ニ非ス、是亦上ノ道在爾、事在易ノ義トモ相通ス、下章ノ意ハ皆誠ナラサルノ非ヲ論スルナリ

書き下し

此の章、即ち上章「至誠にして動かす」の一徴なり。文王至誠にして老を養ふ。故に伯夷・太公動きて興起するなり。天下の人皆動きて是れに帰するなり。文王の心、初めより伯夷・太公を動かさん、天下の人を動かさんとの心あるに非ず。若し此の心あらば至誠に非ず。是れ亦上の「道は邇きに在り、事は易きに在り」の義とも相通ず。下章の意は皆誠ならざるの非を論ずるなり。

現代語訳

この章は、前の章の「至誠であれば人を動かす」ということの一つの証しである。文王は真心から老人を養った。だから伯夷や太公望が心を動かされて立ち上がったのである。天下の人もみな心を動かされて文王に帰したのである。文王の心には、初めから伯夷や太公望を動かそう、天下の人を動かそうという気持ちがあったわけではない。もしそういう気持ちがあれば、それは至誠ではない。これもまた前の「道は近くにあり、事はたやすいところにある」という意味と通じている。この後の章の意味は、みな誠でないことの誤りを論じている。

解説

孟子は、伯夷も太公望も、文王が老人をよく養うと聞いて、そのもとに身を寄せたと語りました。松陰はこれを前の章の「至誠にして動かざる者は未だ之れ有らざるなり」の実例と見ます。大切なのは、文王に人を動かそうという下心がなかったことだ、と。人を動かすために誠を装えば、それはもう至誠ではない。目の前の老人を大切にするという身近なことを真心でしていたら、結果として天下の賢者が集まった。成果を狙わず、目の前のことに誠を尽くすことが、遠回りに見えて一番人を動かすのだと教えてくれます。

この章句が説くこと

至誠下心文王感化誠

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