講孟余話 / 公孫丑下 第四章
牛羊ノ喩甚好シ、牛羊ハ人家ニ畜フ所ニシテ、一日モ牧ト芻トナケレハ濟マサルハ人々知ル所ナリ、况ヤ民庶ニ至テハ牛羊ノ比スヘキニ非ス、而ルニ窮民街ニ叫ヒ、餓莩途ニ充ツレトモ、却テ是ヲ知ラス、是ヲ顧ミス、是大ニ怪ムヘキニ非ズヤ、是他ナシ、民ヲ視ルコト牛羊ニ如ズ、民ヲ親ムコト牛羊ニ如カサルニ由ルナリ、噫民ヲ牧スル者、能ク牛羊ヲ牧スルノ心ヲ以テセハ、不仁ノ譏ヲ免レン歟、若夫罪ヲ知テ改メサル者ハ、眞ニ如何トモスベカラサルノ人ナリ、人ノ患ハ罪ヲ犯シテ罪ヲ知ラサルニアリ、是誠ニ憐ムヘシ、今他人アリテ其罪ヲ告ケ知ラシム、其人自ラ罪ヲ知ル、而ルニ猶且改メズ、然レハ則又更ニ告クヘキ樣ナシ、世間ヲ歷観スルニ如此ノ人甚多シ、共ニ忠孝仁義ノ美ナルヲモ知リ、不忠不孝不仁不義ノ惡ナルヲモ知リツレトモ、其行ヲ省ミレハ、一ツトシテ忠孝仁義ニ似タルコトナキ者アリ、是罪ヲ知テ改メサル者ニシテ、孔距心宣王ノ流ナリ
新字:牛羊ノ喩甚好シ、牛羊ハ人家ニ畜フ所ニシテ、一日モ牧ト芻トナケレハ済マサルハ人々知ル所ナリ、況ヤ民庶ニ至テハ牛羊ノ比スヘキニ非ス、而ルニ窮民街ニ叫ヒ、餓莩途ニ充ツレトモ、却テ是ヲ知ラス、是ヲ顧ミス、是大ニ怪ムヘキニ非ズヤ、是他ナシ、民ヲ視ルコト牛羊ニ如ズ、民ヲ親ムコト牛羊ニ如カサルニ由ルナリ、噫民ヲ牧スル者、能ク牛羊ヲ牧スルノ心ヲ以テセハ、不仁ノ譏ヲ免レン歟、若夫罪ヲ知テ改メサル者ハ、真ニ如何トモスベカラサルノ人ナリ、人ノ患ハ罪ヲ犯シテ罪ヲ知ラサルニアリ、是誠ニ憐ムヘシ、今他人アリテ其罪ヲ告ケ知ラシム、其人自ラ罪ヲ知ル、而ルニ猶且改メズ、然レハ則又更ニ告クヘキ様ナシ、世間ヲ歴観スルニ如此ノ人甚多シ、共ニ忠孝仁義ノ美ナルヲモ知リ、不忠不孝不仁不義ノ悪ナルヲモ知リツレトモ、其行ヲ省ミレハ、一ツトシテ忠孝仁義ニ似タルコトナキ者アリ、是罪ヲ知テ改メサル者ニシテ、孔距心宣王ノ流ナリ
書き下し
牛羊の喩へ甚だ好し。牛羊は人家に畜ふ所にして、一日も牧と芻となければ済まざるは人々知る所なり。況や民庶に至りては牛羊の比すべきに非ず。而るに窮民街に叫び、餓莩途に充つれども、却つて是れを知らず、是れを顧みず、是れ大いに怪しむべきに非ずや。是れ他なし、民を視ること牛羊に如かず、民を親しむこと牛羊に如かざるに由るなり。噫、民を牧する者、能く牛羊を牧するの心を以てせば、不仁の譏りを免れんか。若し夫れ罪を知りて改めざる者は、真に如何ともすべからざるの人なり。人の患は罪を犯して罪を知らざるにあり、是れ誠に憐むべし。今他人ありて其の罪を告げ知らしむ、其の人自ら罪を知る、而るに猶ほ且つ改めず、然れば則ち又更に告ぐべき様なし。世間を歴観するに此くの如きの人甚だ多し。共に忠孝仁義の美なるをも知り、不忠不孝不仁不義の悪なるをも知りつれども、其の行を省みれば、一つとして忠孝仁義に似たることなき者あり。是れ罪を知りて改めざる者にして、孔距心・宣王の流なり。
現代語訳
牛や羊のたとえはたいへん良い。牛や羊は人家で飼うもので、一日でも牧場と飼い葉がなければ済まないことは誰でも知っている。まして民衆は牛や羊とは比べものにならない。それなのに、困窮した民が街で叫び、飢え死にした者が道にあふれていても、かえってそれを知らず、顧みもしない。これはたいへんおかしなことではないか。これはほかでもない。民を見ることが牛や羊にも及ばず、民に親しむことが牛や羊にも及ばないからである。ああ、民を治める者が、牛や羊を飼うほどの心で民に接すれば、不仁のそしりを免れるだろうか。また、罪を知っていながら改めない者は、まことにどうしようもない人である。人の患いは、罪を犯していながら罪と気づかないことにあり、これはまことに哀れむべきである。いま他人がその罪を告げ知らせ、その人も自分の罪を知った。それなのになお改めないのであれば、もうこれ以上告げる手立てがない。世間を見渡すと、このような人はたいへん多い。忠孝仁義の美しさも知り、不忠不孝不仁不義の悪さも知っていながら、その行いを省みると、一つとして忠孝仁義に似たところのない者がいる。これが罪を知っていながら改めない者であり、孔距心や斉の宣王のたぐいである。
解説
この章句が説くこと
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『家道訓』巻之四・用財上一士として、財利をむさぼり、吝嗇にして廉恥の志なく、親戚故旧の貧窮をめぐまず、われにしたしき人、我が采地の農人などの飢饉を見ても、心つよくしてすくはず。親戚朋友の礼義をつとめず。或は、あたふべき者にあたへず、取るまじき物をとり、人の財を用ひてつぐのはず。もしこの事我が身に一もあらば、是をいましむべし。人のよきあしきを見るも、皆我が身のかがみなり。善を見ては是を学び、悪を見ては我が身にも是ありやとかへりみるべし。如此すれば、人の善悪を見て、皆我か身の益となる。人の悪しきを謗らずして、我が身を省るべし。およそ鰥寡孤独貧窮にしてたよりなきもの、我が分にしたがひ、力の及ぶほどはすくふべし。これをすくふに財ををしむべからず。
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