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講孟余話 / 萬章上 第四章

詩曰、永言孝思、孝思維則、註ニ人能長言孝思而不忘、則可以爲天下法則也、余謂フニ、舜天下ノ君トナリ、自ラ其父ヲ尊テ天子ノ父トシ、天下ヲ以テ養フ、其尊養ノ道並ニ至レリ、是ヨリ下公侯卿大夫ニ至リテモ、皆是ニ倣フコトヲ得ルナリ、喩ヘハ匹夫ヨリ拔擢シテ公侯トナレハ、其父匹夫タレトモ亦公侯ノ父ナリ、卿大夫トナレハ、其父匹夫タレトモ亦卿大夫ノ父ナリ、是レ所謂天下ノ法則トナスヘキ者ナリ、抑後世薄俗、子タル者少シク貴顯ナレハ、却テ父母ニ驕誇ナル者甚タ多シ、是大ニ非ナリ、孔子於郷黨恂々如也、似不能言者、况ンヤ其父母ニ於テヲヤ、宜シク舜ノ事ヲ以テ天下ノ法則トスヘシ

新字:詩曰、永言孝思、孝思維則、註ニ人能長言孝思而不忘、則可以為天下法則也、余謂フニ、舜天下ノ君トナリ、自ラ其父ヲ尊テ天子ノ父トシ、天下ヲ以テ養フ、其尊養ノ道並ニ至レリ、是ヨリ下公侯卿大夫ニ至リテモ、皆是ニ倣フコトヲ得ルナリ、喩ヘハ匹夫ヨリ抜擢シテ公侯トナレハ、其父匹夫タレトモ亦公侯ノ父ナリ、卿大夫トナレハ、其父匹夫タレトモ亦卿大夫ノ父ナリ、是レ所謂天下ノ法則トナスヘキ者ナリ、抑後世薄俗、子タル者少シク貴顕ナレハ、却テ父母ニ驕誇ナル者甚タ多シ、是大ニ非ナリ、孔子於郷党恂々如也、似不能言者、況ンヤ其父母ニ於テヲヤ、宜シク舜ノ事ヲ以テ天下ノ法則トスヘシ

書き下し

「詩に曰く、永く言に孝思す、孝思維れ則なり」。註に「人能く長く孝思を言ひて忘れずんば、則ち以て天下の法則と為すべし」と。余謂ふに、舜天下の君となり、自ら其の父を尊びて天子の父とし、天下を以て養ふ、其の尊養の道並びに至れり。是れより下公侯卿大夫に至りても、皆是れに倣ふことを得るなり。喩へば匹夫より抜擢して公侯となれば、其の父匹夫たれども亦公侯の父なり。卿大夫となれば、其の父匹夫たれども亦卿大夫の父なり。是れ所謂天下の法則となすべき者なり。抑々後世の薄俗、子たる者少しく貴顕なれば、却つて父母に驕誇なる者甚だ多し、是れ大いに非なり。孔子郷党に於て恂々如たり、言ふこと能はざる者に似たり。況んや其の父母に於てをや。宜しく舜の事を以て天下の法則とすべし。

現代語訳

「『詩経』に、いつまでも孝を思う、その孝の思いこそ手本である、とある」。注には「人がいつまでも孝の思いを言って忘れなければ、天下の手本とすることができる」とある。私が思うに、舜は天下の君主となり、自分の父を尊んで天子の父とし、天下をもって養った。その尊び養う道はどちらも極まっている。これより下の公・侯・卿・大夫に至っても、みなこれに倣うことができる。たとえば平民から抜擢されて公侯になれば、その父は平民であっても公侯の父である。卿大夫になれば、その父は平民であっても卿大夫の父である。これがいわゆる天下の手本とすべきものである。そもそも後世の薄い風俗では、子が少し出世すると、かえって父母に驕り誇る者がとても多い。これは大きな誤りである。孔子は郷里ではつつましく、口べたな人のようであった。まして自分の父母に対してはなおさらである。舜のことを天下の手本とすべきである。

解説

萬章上第四章の後半は、舜が天子となって父瞽瞍を天子の父として尊び、天下をもって養ったことを、『詩経』の「孝思維れ則」で結びます。松陰はこれを、身分が上がった人すべてが倣うべき手本と読み、出世した子は父がどんな身分であっても自分の地位にふさわしく遇せよと説きます。逆に、少し出世すると親に威張る風俗を戒め、郷里では口べたな人のようにつつましかった孔子を挙げます。成功したときにこそ、自分を育てた人への態度が問われるという教えです。

この章句が説くこと

孝出世謙虚父母手本

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