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講孟余話 / 滕文公上 第四章

有大人之事、有小人之事、大人ノ事ハ勞心治人食於人ナリ、小人ノ事ハ労力食人治於人ナリ、凢人ニ四等アリ、士農工商ト云、就中農工商ヲ国ノ三宝ト称シ、各其職業アリテ、国ニ於テ一モ欠ベカラズ、独士ニ至テハ三者ノ如キ業アルコトナシ、而シテ其職業ヲ思ハス、厚祿ヲ費シ衣食居ノ奢ヲ窮メ、敖然トシテ三者ニ驕ルハ、豈畏多キコトニ非スヤ、故ニ士ト生レタル者ハ、文武ヲ修熟シ、治乱ノ御奉公ヲ心掛ヘキコト固也、但吾輩已ニ幽囚ノ身トナリ、此等ノ事ヲ語ルモ空談ニ近シ、而シテ大ニ然ラサル者アリ、何トナレハ、今日食フ所ノ食、衣ル所ノ衣、用ユル所ノ器、皆是国家ノ餘沢ニ非スヤ、而シテ我レ農工商ノ業ヲナシテ、以テ国恩ニ報スヘキノ身ナラ子ハ、亦唯書ヲ読ミ道ヲ講シ、忠孝ノ一端ナリトモ研究シ、他日ニ報スルコトヲ忘ルヘカラス、士ハ三民ノ首ニシテ、君ハ又諸士ノ長ナレハ、其自ラ養フ益々厚ク、自ラ職トスル益々重シ、食於人ルノミニテ、労力治人コトナクンハ、其何トカ云ン、是レ許行カ說ノ已ムヲ得サル所ナリ、

新字:有大人之事、有小人之事、大人ノ事ハ労心治人食於人ナリ、小人ノ事ハ労力食人治於人ナリ、凢人ニ四等アリ、士農工商ト云、就中農工商ヲ国ノ三宝ト称シ、各其職業アリテ、国ニ於テ一モ欠ベカラズ、独士ニ至テハ三者ノ如キ業アルコトナシ、而シテ其職業ヲ思ハス、厚禄ヲ費シ衣食居ノ奢ヲ窮メ、敖然トシテ三者ニ驕ルハ、豈畏多キコトニ非スヤ、故ニ士ト生レタル者ハ、文武ヲ修熟シ、治乱ノ御奉公ヲ心掛ヘキコト固也、但吾輩已ニ幽囚ノ身トナリ、此等ノ事ヲ語ルモ空談ニ近シ、而シテ大ニ然ラサル者アリ、何トナレハ、今日食フ所ノ食、衣ル所ノ衣、用ユル所ノ器、皆是国家ノ余沢ニ非スヤ、而シテ我レ農工商ノ業ヲナシテ、以テ国恩ニ報スヘキノ身ナラ子ハ、亦唯書ヲ読ミ道ヲ講シ、忠孝ノ一端ナリトモ研究シ、他日ニ報スルコトヲ忘ルヘカラス、士ハ三民ノ首ニシテ、君ハ又諸士ノ長ナレハ、其自ラ養フ益々厚ク、自ラ職トスル益々重シ、食於人ルノミニテ、労力治人コトナクンハ、其何トカ云ン、是レ許行カ説ノ已ムヲ得サル所ナリ、

書き下し

「大人の事あり、小人の事あり」。大人の事は心を労して人を治め人に食はるるなり。小人の事は力を労して人を食ひ人に治めらるるなり。凡そ人に四等あり、士農工商と云ふ。就中農工商を国の三宝と称し、各々其の職業ありて、国に於て一も欠くべからず。独り士に至りては三者の如き業あることなし。而して其の職業を思はず、厚禄を費し衣食居の奢を窮め、敖然として三者に驕るは、豈に畏れ多きことに非ずや。故に士と生れたる者は、文武を修熟し、治乱の御奉公を心掛くべきこと固なり。但し吾輩已に幽囚の身となり、此等の事を語るも空談に近し。而して大いに然らざる者あり。何となれば、今日食ふ所の食、衣る所の衣、用ふる所の器、皆是れ国家の余沢に非ずや。而して我れ農工商の業をなして、以て国恩に報ずべきの身ならねば、亦唯書を読み道を講じ、忠孝の一端なりとも研究し、他日に報ずることを忘るべからず。士は三民の首にして、君は又諸士の長なれば、其の自ら養ふ益々厚く、自ら職とする益々重し。人に食はるるのみにて、力を労し人を治むることなくんば、其れ何とか云はん。是れ許行が説の已むを得ざる所なり。

現代語訳

「大人のすべきことがあり、小人のすべきことがある」。大人のすべきことは、心を労して人を治め、人に養われることである。小人のすべきことは、力を労して人を養い、人に治められることである。およそ人には四つの身分があり、士農工商という。そのうち農工商を国の三つの宝と称し、それぞれに職業があって、国にとって一つも欠かすことができない。ただ士だけは、三者のような生業がない。それなのにその職分を思わず、厚い禄を費やし、衣食住の贅沢を極め、おごり高ぶって三者を見下すのは、なんと恐れ多いことではないか。だから士に生まれた者は、文武を修め身につけ、平時にも乱世にもご奉公を心がけるべきなのは当然である。ただ我々はすでに幽囚の身となり、こうしたことを語っても空論に近い。しかし決してそうではないところがある。なぜなら、今日食べている食物、着ている衣服、使っている器は、みな国家の恵みの余りではないか。そして我々は農工商の仕事をして国の恩に報いるべき身ではないのだから、ただ書を読み道を講じ、忠孝の一端でも研究して、いつの日か報いることを忘れてはならない。士は三民の頭であり、君主はさらに武士たちの長であるから、自らが受ける養いはますます厚く、自らの職責はますます重い。人に養われるばかりで、力を労することも人を治めることもないなら、いったい何と言えばよいのか。これこそ許行の説がやむを得ず出てきたゆえんである。

解説

孟子は、心を労して人を治める者と力を労して人を養う者の分業を説き、許行の並耕論を退けました。松陰はこれを受けつつ、自分たち武士に厳しい目を向けます。農工商はそれぞれ国に欠かせない業を持つが、武士には固有の生業がない。それなのに厚禄を受けて驕るのは恐れ多い、と。そして獄中の自分たちも、国の恵みで生かされている以上、学問で他日に報いよと言い聞かせます。養われる立場にある者ほど責任が重いという自覚は、許行の極論の裏にある正しい怒りを受け止めたものでした。

この章句が説くこと

職分責任士道報恩分業

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