講孟余話 / 萬章上 第七章
聖人之行不同也、或遠或近、或去或不去、歸潔其身而已矣、此語余深ク尊信スル所ナリ、苟モ其身サヘ潔ケレハ、行ノ同異、何ソ深ク論スルニ足ラン、之ヲ去ルハ微子ノ仁ナリ、之カ奴トナルハ箕子ノ仁ナリ、諫テ死スルハ比干ノ仁ナリ、武王ヲ助ケテ紂ヲ誅スルハ大公ノ仁ナリ、周粟ヲ食ハスシテ首陽ニ餓ルハ夷齊ノ仁ナリ、此類地同シテ行異ナル者、古今甚タ多シ、細カニ是ヲ論スル時ハ、功ノ大小事ノ優劣ハアルヘケレトモ、其身ヲ潔スルニ至テハ、皆仁ト云ヘシ、潔スルハ私心ナキコトナリ、即己ヲ正フスルノ謂ナリ、拘儒或ハ此義ヲ失シ、一律ヲ執テ萬人ヲ議シ、或ハ己ヲ以テ人ヲ論ズ、是靑史中全人ナキ所以ナリ、又滿世界全人ナキ所以ナリ、此義又離婁下篇第二十九章、禹稷顏囘同道ノ下ニモ論ス
新字:聖人之行不同也、或遠或近、或去或不去、帰潔其身而已矣、此語余深ク尊信スル所ナリ、苟モ其身サヘ潔ケレハ、行ノ同異、何ソ深ク論スルニ足ラン、之ヲ去ルハ微子ノ仁ナリ、之カ奴トナルハ箕子ノ仁ナリ、諫テ死スルハ比干ノ仁ナリ、武王ヲ助ケテ紂ヲ誅スルハ大公ノ仁ナリ、周粟ヲ食ハスシテ首陽ニ餓ルハ夷斉ノ仁ナリ、此類地同シテ行異ナル者、古今甚タ多シ、細カニ是ヲ論スル時ハ、功ノ大小事ノ優劣ハアルヘケレトモ、其身ヲ潔スルニ至テハ、皆仁ト云ヘシ、潔スルハ私心ナキコトナリ、即己ヲ正フスルノ謂ナリ、拘儒或ハ此義ヲ失シ、一律ヲ執テ万人ヲ議シ、或ハ己ヲ以テ人ヲ論ズ、是青史中全人ナキ所以ナリ、又満世界全人ナキ所以ナリ、此義又離婁下篇第二十九章、禹稷顔囘同道ノ下ニモ論ス
書き下し
「聖人の行は同じからざるなり、或は遠ざかり或は近づき、或は去り或は去らず、其の身を潔くするに帰するのみ」。此の語余深く尊信する所なり。苟も其の身さへ潔ければ、行の同異、何ぞ深く論ずるに足らん。之を去るは微子の仁なり。之が奴となるは箕子の仁なり。諫めて死するは比干の仁なり。武王を助けて紂を誅するは太公の仁なり。周の粟を食はずして首陽に餓うるは夷斉の仁なり。此の類、地同じくして行異なる者、古今甚だ多し。細かに是を論ずる時は、功の大小、事の優劣はあるべけれども、其の身を潔くするに至りては、皆仁と云ふべし。潔くするは私心なきことなり、即ち己を正しうするの謂なり。拘儒或は此の義を失し、一律を執りて万人を議し、或は己を以て人を論ず。是れ青史中に全人なき所以なり、又満世界に全人なき所以なり。此の義又離婁下篇第二十九章、禹稷顔回同道の下にも論ず。
現代語訳
「聖人の行いは同じではない。君主から遠ざかる者も近づく者も、去る者も去らない者もいるが、結局はその身を潔くすることに帰する」。この言葉を私は深く尊び信じている。その身さえ潔ければ、行いの違いなど深く論じるに足りない。紂王のもとを去ったのは微子の仁であり、奴隷となったのは箕子の仁であり、諫めて死んだのは比干の仁であり、武王を助けて紂を討ったのは太公望の仁であり、周の粟を食べずに首陽山で餓死したのは伯夷・叔斉の仁である。このように置かれた立場は同じでも行いが異なる例は、昔から今まで非常に多い。細かく論じれば功の大小や事の優劣はあるだろうが、その身を潔くした点では、みな仁と言ってよい。潔くするとは私心がないことで、自分を正しくするという意味である。融通のきかない学者はときにこの意味を見失い、一つの物差しで万人を論じ、あるいは自分を基準に人を論じる。だから歴史の中に完全な人がいないことになり、世界中にも完全な人がいないことになるのだ。この意味は離婁下篇第二十九章の「禹・稷・顔回は道を同じくす」のところでも論じた。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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論語・雍也篇宰我問いて曰く、「仁者は之に告げて『井に仁有り』と曰うと雖も、其れ之に従わんか。」子曰く、「何為れぞ其れ然らんや。君子は逝かしむ可きも、陥る可からず。欺く可きも、罔う可からず。」
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論語・八佾篇子曰く、人にして仁ならずんば、礼を如(いかん)せん;人にして仁ならずんば、楽を如せん。
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論語・憲問篇「克・伐・怨・欲、行われずんば、以て仁と為す可きか。」子曰く、「以て難しと為す可し。仁は則ち吾知らざるなり。」
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論語・里仁篇子曰わく、不仁者は久しく約に処るべからず、長く楽に処るべからず。仁者は仁に安んじ、知者は仁を利とす。
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論語・里仁篇子曰わく、ただ仁者のみよく人を好み、よく人を悪む。
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論語・微子篇微子これを去り、箕子これに為に奴となり、比干諫めて死す。孔子曰わく、殷に三仁有り。
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