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講孟余話 / 滕文公下 第五章

湯ノ民ヲ弔シ、武王ノ殘ヲ取ル、是レ所謂王者ノ兵也、皆後世ノ師法トスヘキ所ナリ、而シテ湯ノ葛ニ於ル、尤モ其道ヲ尽スト云ヘシ、方今有志ノ諸矦、若シ心ヲ茲ニ用ユル者アラハ、実ニ神州ノ大幸ト云ヘシ、先自国ノ政教ヲ修メ、稍隣国他国ノ非政ヲ誨諭革正セシメ、米粟給セサレハ是ヲ給セシメ、甲兵備ラサレハ是ヲ備ヘシメ、相共ニ神州ヲ守護センコトヲ約セハ、国脉不日ニ強盛ナルヘシ、世湯武ノ事ヲ称道スル者、必ス放罸ト云フ、噫湯武ヲシテ眞ニ聖人ナラシメハ、放罸ハ豈其好ム所ナランヤ、殊ニ已ムヲ得サルニ出ルノミ、其本心ハ葛伯ノ如キ者ト雖トモ、善政ニ進マシメント欲スルナリ、故ニ牛羊ヲ遺リ、衆ヲ遣テ耕サシムル、皆是レ至誠惻怛ノ心ヨリ出ルコトナリ、若シ是ヲ以テ恩ヲ賣リ威ヲ養フノ術数トセハ、大ニ非ナリ、

新字:湯ノ民ヲ弔シ、武王ノ残ヲ取ル、是レ所謂王者ノ兵也、皆後世ノ師法トスヘキ所ナリ、而シテ湯ノ葛ニ於ル、尤モ其道ヲ尽スト云ヘシ、方今有志ノ諸矦、若シ心ヲ茲ニ用ユル者アラハ、実ニ神州ノ大幸ト云ヘシ、先自国ノ政教ヲ修メ、稍隣国他国ノ非政ヲ誨諭革正セシメ、米粟給セサレハ是ヲ給セシメ、甲兵備ラサレハ是ヲ備ヘシメ、相共ニ神州ヲ守護センコトヲ約セハ、国脉不日ニ強盛ナルヘシ、世湯武ノ事ヲ称道スル者、必ス放罰ト云フ、噫湯武ヲシテ真ニ聖人ナラシメハ、放罰ハ豈其好ム所ナランヤ、殊ニ已ムヲ得サルニ出ルノミ、其本心ハ葛伯ノ如キ者ト雖トモ、善政ニ進マシメント欲スルナリ、故ニ牛羊ヲ遺リ、衆ヲ遣テ耕サシムル、皆是レ至誠惻怛ノ心ヨリ出ルコトナリ、若シ是ヲ以テ恩ヲ売リ威ヲ養フノ術数トセハ、大ニ非ナリ、

書き下し

湯の民を弔し、武王の残を取る、是れ所謂王者の兵なり。皆後世の師法とすべき所なり。而して湯の葛に於ける、尤も其の道を尽くすと云ふべし。方今有志の諸侯、若し心を茲に用ふる者あらば、実に神州の大幸と云ふべし。先づ自国の政教を修め、稍く隣国他国の非政を誨諭革正せしめ、米粟給せざれば是れを給せしめ、甲兵備はらざれば是れを備へしめ、相共に神州を守護せんことを約せば、国脈不日に強盛なるべし。世の湯武の事を称道する者、必ず放伐と云ふ。噫、湯武をして真に聖人ならしめば、放伐は豈に其の好む所ならんや。殊に已むを得ざるに出づるのみ。其の本心は葛伯の如き者と雖も、善政に進ましめんと欲するなり。故に牛羊を遺り、衆を遣はして耕さしむる、皆是れ至誠惻怛の心より出づることなり。若し是れを以て恩を売り威を養ふの術数とせば、大いに非なり。

現代語訳

殷の湯王が苦しむ民を慰め、周の武王が暴君を除いたのは、いわゆる王者の兵であって、どれも後世の手本とすべきものである。中でも湯王の葛の国への対し方は、最もその道を尽くしたと言える。いま志ある諸侯で、もしここに心を用いる者があれば、まことにわが国にとって大きな幸いである。まず自国の政治と教化を整え、次第に隣国・他国の悪い政治を諭して改めさせ、米や穀物が足りなければ与え、武備が整っていなければ整えさせ、互いに協力して国を守ることを約束すれば、国の力はほどなく強く盛んになるだろう。世に湯王・武王のことを称える者は、必ず「放伐」(暴君を追放し討つこと)と言う。ああ、湯王・武王が本当に聖人であるなら、放伐などどうして好んでしようか。まったくやむを得ずに出たまでである。その本心は、葛伯のような者でさえ善い政治に進ませたいと願うことにある。だから牛や羊を贈り、人々を送って田を耕させたのは、みな真心から相手を思いやる心から出たことである。もしこれを恩を売り威光を養うための策略とみるなら、大きな誤りである。

解説

孟子は、殷の湯王が祭祀をおこたる隣国の葛に牛羊を贈り、耕作の人手まで送ったのに、葛伯がそれを奪ったため、ついに征伐した話を語ります。松陰はこれを、志ある諸藩が互いに政治を正し、足りない兵糧や武備を融通し合って国を守るべきだという提案につなげます。外国船が来航する時勢に、藩ごとの利害を越えた協力を夢見たのです。そして湯王の征伐は好んでしたものではなく、相手を善い政治に導こうとする真心が先にあったと強調します。相手を助けるのは恩を売るためではない、という見極めは今の人間関係にも通じます。

この章句が説くこと

王者協力真心湯王助け合い

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