講孟余話 / 公孫丑上 第八章
舜ハ大聖人ナリ、其賤シクシテ農夫陶工漁父ト混スルニ當テヤ、必ス取於人以爲善モノハ、天下ノ至大至願、誠ニ一人智力ノ能及フ所ニ非ルヲ知レハナリ、與人爲善ニ至テハ仁ノ至レル者ナリ、吾儕小人、聖人ノ大德ニ及フベキニ非スト雖トモ、旣ニ志ヲ立テ聖人ヲ学フ、何ソ大舜ヲ畏レンヤ、故ニ己レノ小智小能ヲ挾マズ、濶然トシテ人ノ智能ヲ採用シ、且人ノ善心ヲ勧メ助ケ、共ニ道ニ適クベシ、是大舜ノ道ナリ、今世智能ノ士乏シキニ非ス、唯恨ムル所ノ者ハ、己カ智能ヲ恃ミ、人ノ智能ヲ採用セス、且人ヲ誘シテ道ニ進ムル者極テ少シ、甚シキ者ハ兩智兩能互ニ相軋ルニ至ル、哀シムヘキノ甚キ者ナリ、吾儕宜シク深ク心ヲ茲ニ用ユベシ
新字:舜ハ大聖人ナリ、其賤シクシテ農夫陶工漁父ト混スルニ当テヤ、必ス取於人以為善モノハ、天下ノ至大至願、誠ニ一人智力ノ能及フ所ニ非ルヲ知レハナリ、与人為善ニ至テハ仁ノ至レル者ナリ、吾儕小人、聖人ノ大徳ニ及フベキニ非スト雖トモ、既ニ志ヲ立テ聖人ヲ学フ、何ソ大舜ヲ畏レンヤ、故ニ己レノ小智小能ヲ挟マズ、濶然トシテ人ノ智能ヲ採用シ、且人ノ善心ヲ勧メ助ケ、共ニ道ニ適クベシ、是大舜ノ道ナリ、今世智能ノ士乏シキニ非ス、唯恨ムル所ノ者ハ、己カ智能ヲ恃ミ、人ノ智能ヲ採用セス、且人ヲ誘シテ道ニ進ムル者極テ少シ、甚シキ者ハ両智両能互ニ相軋ルニ至ル、哀シムヘキノ甚キ者ナリ、吾儕宜シク深ク心ヲ茲ニ用ユベシ
書き下し
舜は大聖人なり。其の賤しくして農夫・陶工・漁父と混ずるに当りてや、必ず「人に取りて以て善を為す」ものは、天下の至大至願、誠に一人の智力の能く及ぶ所に非ざるを知ればなり。「人と善を為す」に至りては仁の至れる者なり。吾儕小人、聖人の大徳に及ぶべきに非ずと雖も、既に志を立てて聖人を学ぶ、何ぞ大舜を畏れんや。故に己れの小智小能を挟まず、濶然として人の智能を採用し、且つ人の善心を勧め助け、共に道に適くべし。是れ大舜の道なり。今世智能の士乏しきに非ず、唯恨むる所の者は、己が智能を恃み、人の智能を採用せず、且つ人を誘して道に進むる者極めて少なし。甚しき者は両智両能互に相軋るに至る。哀しむべきの甚しき者なり。吾儕宜しく深く心を茲に用ふべし。
現代語訳
舜は大聖人である。その身分が低く、農夫や陶工や漁師に混じって暮らしていたときも、必ず「人の善いところを取り入れて善を行った」のは、天下を治めるという大きな願いは、まことに一人の知恵や力で及ぶものではないと知っていたからである。「人と共に善を行う」に至っては、仁の極みである。われわれ小人は聖人の大徳に及ぶことはできないにしても、すでに志を立てて聖人を学んでいるのだから、どうして大舜を恐れることがあろうか。だから自分の小さな知恵や能力にこだわらず、広々とした心で人の知恵や能力を取り入れ、そのうえ人の善い心を勧め助けて、共に道に進むべきである。これが大舜の道である。いまの世に知恵や能力のある人が乏しいわけではない。ただ残念なのは、自分の知恵や能力を頼んで人の知恵や能力を取り入れず、また人を導いて道に進ませる者がきわめて少ないことである。ひどい場合には、知恵ある者どうし、能力ある者どうしが互いに張り合うことにまでなる。これはまことに悲しむべきことである。われわれはここに深く心を用いるべきである。
解説
この章句が説くこと
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