講孟余話 / 公孫丑下 第九章
周公管叔ノ畔クヲ知ラサルハ、兄弟ノ至情已ムヲ得サルノ過ナリ、抑知ヲ好ム者ハ多クハ人ヲ疑フニ失ス、仁ヲ好ム者ハ多クハ人ヲ信スルニ失ス、両ナカラ皆偏ナリ、然トモ人ヲ信スル者ハ、其功ヲ成スコト、往々人ヲ疑フ者ニ勝ルコトアリ、是察セサルヘケンヤ、古今人ヲ信スルノ甚シキ者ハ、秦ノ符堅ニ如ハナシ、符堅慕容垂ヲ信スルノ甚シクシテ、遂ニ淝水ノ大敗アリ、是ヨリ大ニ国威ヲ失ヒ咲ヲ後世ニ貽ス、人皆是ヲ咎ム、余獨リ謂ラク、符堅ノ起ル王猛ヲ信スルノ深キニ由ル、王猛ヲ信スルノ心ハ、卽チ慕容垂ヲ信スルノ心、豈二アランヤ、慕容垂ヲ信セスンハ敗レサル如シト雖トモ、又王猛ヲ信シテ興ルコト能ハズ、是ニ因テ之ヲ云ヘハ、其得失正ニ相償フニ足レリ、人ヲ疑フニ勝ルコト固ヨリ万々ナリ、故ニ余寧ロ人ヲ信スルニ失スルトモ、誓テ人ヲ疑フニ失スルコトナカランコトヲ欲ス、况ヤ骨肉至親ニ於テヲヤ、源賴朝二弟範賴義經ヲ信シテ平氏ヲ滅シ義仲ヲ誅ス、其是ヲ疑フヤ天下遂ニ北條ノ有トナル、豈千古ノ龜鑑ニアラスヤ
新字:周公管叔ノ畔クヲ知ラサルハ、兄弟ノ至情已ムヲ得サルノ過ナリ、抑知ヲ好ム者ハ多クハ人ヲ疑フニ失ス、仁ヲ好ム者ハ多クハ人ヲ信スルニ失ス、両ナカラ皆偏ナリ、然トモ人ヲ信スル者ハ、其功ヲ成スコト、往々人ヲ疑フ者ニ勝ルコトアリ、是察セサルヘケンヤ、古今人ヲ信スルノ甚シキ者ハ、秦ノ符堅ニ如ハナシ、符堅慕容垂ヲ信スルノ甚シクシテ、遂ニ淝水ノ大敗アリ、是ヨリ大ニ国威ヲ失ヒ咲ヲ後世ニ貽ス、人皆是ヲ咎ム、余独リ謂ラク、符堅ノ起ル王猛ヲ信スルノ深キニ由ル、王猛ヲ信スルノ心ハ、即チ慕容垂ヲ信スルノ心、豈二アランヤ、慕容垂ヲ信セスンハ敗レサル如シト雖トモ、又王猛ヲ信シテ興ルコト能ハズ、是ニ因テ之ヲ云ヘハ、其得失正ニ相償フニ足レリ、人ヲ疑フニ勝ルコト固ヨリ万々ナリ、故ニ余寧ロ人ヲ信スルニ失スルトモ、誓テ人ヲ疑フニ失スルコトナカランコトヲ欲ス、況ヤ骨肉至親ニ於テヲヤ、源頼朝二弟範頼義経ヲ信シテ平氏ヲ滅シ義仲ヲ誅ス、其是ヲ疑フヤ天下遂ニ北条ノ有トナル、豈千古ノ亀鑑ニアラスヤ
書き下し
周公、管叔の畔くを知らざるは、兄弟の至情已むを得ざるの過ちなり。抑々知を好む者は多くは人を疑ふに失す、仁を好む者は多くは人を信ずるに失す、両ながら皆偏なり。然れども人を信ずる者は、其の功を成すこと、往々人を疑ふ者に勝ることあり、是れ察せざるべけんや。古今人を信ずるの甚しき者は、秦の苻堅に如くはなし。苻堅慕容垂を信ずるの甚しくして、遂に淝水の大敗あり。是れより大いに国威を失ひ笑ひを後世に貽す、人皆是れを咎む。余独り謂へらく、苻堅の起るは王猛を信ずるの深きに由る。王猛を信ずるの心は、即ち慕容垂を信ずるの心、豈に二つあらんや。慕容垂を信ぜずんば敗れざる如しと雖も、又王猛を信じて興ること能はず。是れに因りて之れを云へば、其の得失正に相償ふに足れり、人を疑ふに勝ること固より万々なり。故に余寧ろ人を信ずるに失するとも、誓ひて人を疑ふに失することなからんことを欲す。況や骨肉至親に於てをや。源頼朝、二弟範頼・義経を信じて平氏を滅し義仲を誅す。其の是れを疑ふや、天下遂に北条の有となる。豈に千古の亀鑑にあらずや。
現代語訳
周公が兄の管叔の謀反を見抜けなかったのは、兄弟の情愛からやむを得ず生じた過ちである。そもそも知恵を好む者は多くの場合、人を疑いすぎて失敗し、仁を好む者は多くの場合、人を信じすぎて失敗する。どちらも偏っている。しかし人を信じる者は、事を成し遂げることにおいて、しばしば人を疑う者に勝ることがある。これをよく見極めなければならない。古今を通じて、人を信じることのはなはだしかった者として、前秦の苻堅に及ぶ者はない。苻堅は慕容垂をひどく信じたために、ついに淝水の大敗を招いた。これ以後、国威を大いに失い、後世の笑いものとなった。人はみな彼を咎める。しかし私だけはこう思う。苻堅が興隆したのは王猛を深く信じたからである。王猛を信じた心と慕容垂を信じた心は、どうして別のものであろうか。慕容垂を信じなければ敗れなかったようでも、それでは王猛を信じて興ることもできなかった。これから言えば、その得失はちょうど釣り合っている。人を疑うことに勝ること、もとより比べものにならない。だから私は、むしろ人を信じすぎて失敗しても、決して人を疑いすぎて失敗することのないようにしたいと誓う。まして血を分けた肉親であればなおさらである。源頼朝は二人の弟、範頼と義経を信じて平氏を滅ぼし、木曽義仲を討った。ところが弟たちを疑うようになると、天下はついに北条氏のものとなった。これこそ千古の手本ではないか。
解説
この章句が説くこと
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