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講孟余話 / 公孫丑下 第七章

此章ニ於テ葬ノ道ヲ知ルベシ、君父ノ葬ハ臣子ノ宜シク心ヲ尽スヘキ所ナリ、一事ノ粗畧アルベカラズ、然トモ其最モ重スル所ハ棺椁ニアリ、棺椁ハ肌膚ヲシテ土ニ親近セシメサル爲ナレハナリ、其他観美ノ爲ニ靡麗ヲ尽シテ後、心ニ快シトスルハ大ニ非ナリ、是葬ノ道ナリ、然ルニ後世葬ノ道ヲ失ヒ、棺椁ノ中へ金銀珠玉珍器宝物ヲ入レテ埋ムル故、王公貴人ノ陵墓ハ世隔リ時換レハ、必ス盜賊ノ発掘スルトナリ、秦ノ始皇、漢ノ光武等ノ陵皆然リ、枯骨朽骸野ニ暴露シ、收拾セサルニ至ル、実ニ惨ムヘシ、且陵墓ノ制高大ニ過キ、民生ヲ役シ物力ヲ屈スルコト甚夥シキニ至ル、漢ノ張釈之漢文帝三年劉向成帝永始元年唐ノ虞世南太宗貞觀九年令狐峘論代宗山陵宋ノ蘇洵論仁宗山陵等是ヲ論スルコト甚詳ナリ、就テ見ルベシ、魏ノ文帝皇初二年十月、首陽山ノ東ニ表シ壽陵トナシ、帝自ラ終制ヲ作ル、亦是ヲ論スルコト詳也、俗人此義ヲ知ラズ、君父ノ葬ヲ論スルニ至テ、少シク裁節スル所アレハ、黜ケテ不忠不孝刻薄ノ人トナスニ至ル、故ニ人其非ヲ知ルト雖トモ、敢テ是ヲ論スルコト得ズ、殊テ知ラズ葬道ノ心ヲ尽スハ棺椁ニアリ、其他ノ観美ハ論スル所ニ非ス、孔子曰、喪與其易也寧戚ト、亦此義ナリ

新字:此章ニ於テ葬ノ道ヲ知ルベシ、君父ノ葬ハ臣子ノ宜シク心ヲ尽スヘキ所ナリ、一事ノ粗略アルベカラズ、然トモ其最モ重スル所ハ棺椁ニアリ、棺椁ハ肌膚ヲシテ土ニ親近セシメサル為ナレハナリ、其他観美ノ為ニ靡麗ヲ尽シテ後、心ニ快シトスルハ大ニ非ナリ、是葬ノ道ナリ、然ルニ後世葬ノ道ヲ失ヒ、棺椁ノ中へ金銀珠玉珍器宝物ヲ入レテ埋ムル故、王公貴人ノ陵墓ハ世隔リ時換レハ、必ス盗賊ノ発掘スルトナリ、秦ノ始皇、漢ノ光武等ノ陵皆然リ、枯骨朽骸野ニ暴露シ、収拾セサルニ至ル、実ニ惨ムヘシ、且陵墓ノ制高大ニ過キ、民生ヲ役シ物力ヲ屈スルコト甚夥シキニ至ル、漢ノ張釈之漢文帝三年劉向成帝永始元年唐ノ虞世南太宗貞観九年令狐峘論代宗山陵宋ノ蘇洵論仁宗山陵等是ヲ論スルコト甚詳ナリ、就テ見ルベシ、魏ノ文帝皇初二年十月、首陽山ノ東ニ表シ寿陵トナシ、帝自ラ終制ヲ作ル、亦是ヲ論スルコト詳也、俗人此義ヲ知ラズ、君父ノ葬ヲ論スルニ至テ、少シク裁節スル所アレハ、黜ケテ不忠不孝刻薄ノ人トナスニ至ル、故ニ人其非ヲ知ルト雖トモ、敢テ是ヲ論スルコト得ズ、殊テ知ラズ葬道ノ心ヲ尽スハ棺椁ニアリ、其他ノ観美ハ論スル所ニ非ス、孔子曰、喪与其易也寧戚ト、亦此義ナリ

書き下し

此の章に於て葬の道を知るべし。君父の葬は臣子の宜しく心を尽くすべき所なり、一事の粗略あるべからず。然れども其の最も重んずる所は棺椁にあり。棺椁は肌膚をして土に親近せしめざる為なればなり。其の他観美の為に靡麗を尽くして後、心に快しとするは大いに非なり。是れ葬の道なり。然るに後世葬の道を失ひ、棺椁の中へ金銀珠玉・珍器宝物を入れて埋むる故、王公貴人の陵墓は世隔たり時換れば、必ず盗賊の発掘するところとなる。秦の始皇・漢の光武等の陵皆然り。枯骨朽骸野に暴露し、収拾せざるに至る、実に惨むべし。且つ陵墓の制高大に過ぎ、民生を役し物力を屈すること甚だ夥しきに至る。漢の張釈之(漢文帝三年)・劉向(成帝永始元年)、唐の虞世南(太宗貞観九年)・令狐峘(代宗の山陵を論ず)、宋の蘇洵(仁宗の山陵を論ず)等、是れを論ずること甚だ詳かなり、就きて見るべし。魏の文帝皇初二年十月、首陽山の東に表して寿陵となし、帝自ら終制を作る、亦是れを論ずること詳かなり。俗人此の義を知らず、君父の葬を論ずるに至りて、少しく裁節する所あれば、黜けて不忠不孝刻薄の人となすに至る。故に人其の非を知ると雖も、敢へて是れを論ずることを得ず。殊に知らず、葬道の心を尽くすは棺椁にあり、其の他の観美は論ずる所に非ず。孔子曰く、「喪は其の易めんよりは寧ろ戚め」と、亦此の義なり。

現代語訳

この章で葬儀のあるべき道を知ることができる。主君や父の葬儀は、臣や子が心を尽くすべきもので、一つのことも粗略にしてはならない。けれども、そのなかで最も重んじるべきは棺と外棺である。棺と外棺は、遺体の肌が直接土に触れないようにするためのものだからである。そのほか見た目の美しさのために贅沢を尽くし、それで心に満足するのは大きな誤りである。これが葬儀の道である。ところが後世は葬儀の道を失い、棺の中に金銀・宝石・珍しい器や宝物を入れて埋めるので、王侯貴人の陵墓は時代が隔たると、必ず盗賊に掘り返される。秦の始皇帝や後漢の光武帝などの陵もみなそうである。枯れた骨や朽ちた遺骸が野にさらされ、拾い集められもしないまでになる。まことに痛ましい。そのうえ陵墓の規模が高く大きすぎて、民を使役し財力を使い果たすことがはなはだ多くなる。漢の張釈之(文帝三年)・劉向(成帝永始元年)、唐の虞世南(太宗貞観九年)・令狐峘(代宗の陵を論じた)、宋の蘇洵(仁宗の陵を論じた)らが、このことをたいへん詳しく論じているので、それを見るとよい。魏の文帝は黄初年間の十月、首陽山の東を自分の陵と定め、自ら葬儀の規定を作った。これもこのことを詳しく論じている。俗人はこの意味を知らず、主君や父の葬儀を論じる段になって、少しでも控えめにしようとすれば、不忠不孝で薄情な人だと退けるまでになる。だから人はその誤りを知っていても、あえて論じることができない。まったく分かっていないのである。葬儀に心を尽くすのは棺にあり、それ以外の見た目の美しさは論じるに値しない。孔子が「葬儀は手際よく整えるより、むしろ心から悲しむほうがよい」と言ったのも、この意味である。

解説

孟子は母の葬儀で立派な棺を用い、贅沢ではないかと問われて、棺は遺体を土から守るためのもので、親のために力を尽くすのは当然だと答えます。松陰はこれを受けて、心を尽くすべきは遺体を守る棺であって、副葬品や巨大な陵墓の豪華さではないと説き、始皇帝陵の盗掘や、陵墓の造営が民を苦しめたことを挙げます。控えめにすれば不孝と非難される世間の空気にも触れています。見栄と真心を分けて考えるこの視点は、今の冠婚葬祭のあり方を考えるうえでも示唆があります。

この章句が説くこと

葬礼孝倹約見栄礼

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