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講孟余話 / 梁惠王下 第五章

然レハ漢土聖人ノ典籍具ニ存スト雖トモ、王政已ニ地ヲ掃フ、遂ニ西洋夷輩ノ非議ヲ招クニ至ル、亦悲ムヘキノミ、本朝ノ古制病ヲ養フニ施藥院アリ、骼ヲ掩フニ悲田院アリ、唐ノ制京城ニ悲田病坊アリ、宋代ニ安濟坊、養濟院、漏澤園ノ名アリ、明ニ義塚ノ号アリ、皆窮民ノ無告ヲ恤ム所以也、擧テ是ヲ今時ニ用ヒントナラハ豈其策ナカランヤ

新字:然レハ漢土聖人ノ典籍具ニ存スト雖トモ、王政已ニ地ヲ掃フ、遂ニ西洋夷輩ノ非議ヲ招クニ至ル、亦悲ムヘキノミ、本朝ノ古制病ヲ養フニ施薬院アリ、骼ヲ掩フニ悲田院アリ、唐ノ制京城ニ悲田病坊アリ、宋代ニ安済坊、養済院、漏沢園ノ名アリ、明ニ義塚ノ号アリ、皆窮民ノ無告ヲ恤ム所以也、挙テ是ヲ今時ニ用ヒントナラハ豈其策ナカランヤ

書き下し

然れば漢土聖人の典籍具に存すと雖も、王政已に地を掃ふ、遂に西洋夷輩の非議を招くに至る、亦悲しむべきのみ。本朝の古制、病を養ふに施薬院あり、骼を掩ふに悲田院あり。唐の制、京城に悲田病坊あり。宋代に安済坊・養済院・漏沢園の名あり。明に義塚の号あり。皆窮民の無告を恤む所以なり。挙げて是れを今時に用ひんとならば、豈に其の策なからんや。

現代語訳

だから中国には聖人の典籍が詳しく残っているとはいえ、王道政治はすでにすっかり地を払い、ついに西洋人の非難を招くに至った。悲しむべきことである。わが国の古い制度には、病人を養う施薬院があり、身寄りのない遺体を葬る悲田院があった。唐の制度では都に悲田病坊があった。宋代には安済坊・養済院・漏沢園の名があった。明には義塚という名があった。みな訴えるすべのない困窮した民を憐れむためのものである。これらを取り上げて今の世に用いようとするなら、その策がないはずがない。

解説

聖人の書物が残る中国で、なぜ西洋人に非難されるほどの惨状が生まれたのか。松陰は、王道政治が実行されなくなったからだと結論します。そして日本の施薬院・悲田院、唐の悲田病坊、宋の安済坊や養済院、明の義塚と、各時代の救済施設の名を挙げ、窮民を救う仕組みはかつて確かにあったのだから、今の世に取り入れる策はいくらでもあるはずだと説きます。理想を説くだけでなく、過去の制度を調べて実行の手がかりを探す姿勢は、松陰の学問の実際的な性格をよく表しています。

この章句が説くこと

福祉施薬院悲田院制度仁政

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