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講孟余話 / 萬章上 首章

人悅之好色富貴、無足以解憂者、惟順於父母、可以解憂、此章孝子ノ心ヲ說ク、至レリ盡セリ、而シテ其要又此二句ニ歸ス、盖一心ノ慕フ所、父母ノ外又アルコトナシ、故ニ世間千万ノ事皆輕シ、是孝タル所以ナリ、憂トハ心欝悶シテ遣ル所ナク、食テ味ヲ甘ンセス、寐テ席ヲ安ンセス、樂ヲ聞テ樂シマス、美ヲ服シテ喜ハサルノ謂ニシテ、窮人ノ歸スル所ナキカ如キハ、是ヲ形容スルナリ、父母ニ順ナラサルニ當テハ、此憂心誰人モアルコトナリ、然トモ悅之好色富貴アリト云トモ、尙且憂ヲ觧クニ足サルハ、唯舜ノミ然リトス、是至孝タル所以ナリ、又常人ハ人悅之好色富貴ノ欲ノ爲ニシテ、更ニ父母ニ順ナラサルヲ顧ミサル者甚タ多シ、是最モ戒ヲ加ヘシ

新字:人悦之好色富貴、無足以解憂者、惟順於父母、可以解憂、此章孝子ノ心ヲ説ク、至レリ尽セリ、而シテ其要又此二句ニ帰ス、盖一心ノ慕フ所、父母ノ外又アルコトナシ、故ニ世間千万ノ事皆軽シ、是孝タル所以ナリ、憂トハ心欝悶シテ遣ル所ナク、食テ味ヲ甘ンセス、寐テ席ヲ安ンセス、楽ヲ聞テ楽シマス、美ヲ服シテ喜ハサルノ謂ニシテ、窮人ノ帰スル所ナキカ如キハ、是ヲ形容スルナリ、父母ニ順ナラサルニ当テハ、此憂心誰人モアルコトナリ、然トモ悦之好色富貴アリト云トモ、尚且憂ヲ觧クニ足サルハ、唯舜ノミ然リトス、是至孝タル所以ナリ、又常人ハ人悦之好色富貴ノ欲ノ為ニシテ、更ニ父母ニ順ナラサルヲ顧ミサル者甚タ多シ、是最モ戒ヲ加ヘシ

書き下し

「人之れを悦び、好色富貴も以て憂ひを解くに足る者無し。惟だ父母に順なるは、以て憂ひを解くべし」。此の章孝子の心を説く、至れり尽くせり。而して其の要又此の二句に帰す。蓋し一心の慕ふ所、父母の外又あることなし、故に世間千万の事皆軽し、是れ孝たる所以なり。憂ひとは心鬱悶して遣る所なく、食ひて味を甘んぜず、寝ねて席を安んぜず、楽を聞きて楽しまず、美を服して喜ばざるの謂にして、「窮人の帰する所なきが如し」とは是れを形容するなり。父母に順ならざるに当りては、此の憂心誰人もあることなり。然れども人之れを悦び、好色富貴ありと雖も、尚且つ憂ひを解くに足らざるは、唯だ舜のみ然りとす、是れ至孝たる所以なり。又常人は人之れを悦び好色富貴の欲の為めにして、更に父母に順ならざるを顧みざる者甚だ多し。是れ最も戒めを加ふべし。

現代語訳

「人に喜ばれることも、美しい妻も、富や地位も、憂いを解くには足りなかった。ただ父母の心にかなうことだけが、憂いを解くことができた」。この章は孝子の心を説いて、至れり尽くせりである。そしてその要点はこの二句に帰する。思うに心の慕うところは父母のほかになく、だから世の中の千万のことはみな軽い。これが孝である理由である。憂いとは、心がふさいで晴らしようがなく、食べても味がせず、寝ても寝床が落ち着かず、音楽を聞いても楽しめず、美しい衣を着ても喜べないことをいい、「行き場のない貧しい人のようだ」とはこれを形容したものである。父母の心にかなわないときには、この憂いの心は誰にでもあることである。けれども、人に喜ばれ、美しい妻や富貴があっても、なお憂いを解くに足りないのは、ただ舜だけがそうであった。これが至孝である理由である。また普通の人は、人に喜ばれたい、美しい妻や富貴を得たいという欲のために、父母の心にかなわないことを少しも顧みない者がとても多い。これは最も戒めなければならない。

解説

萬章上篇の首章は、舜が天下の人に慕われ、帝の娘を妻とし、天子の位を得てもなお憂いが晴れず、父母に受け入れられることだけを願ったと説きます。松陰はこの章の要を二句に絞り、憂いのありさまを食・寝・楽・衣の四つで具体的に描きます。誰でも親とこじれれば憂えるが、富貴を得てもなお親を第一とできたのは舜だけで、それが至孝だ、と。逆に、富貴や人気のために親を顧みない人の多さを戒めています。人生で何を一番に置くかを問いかける一節です。

この章句が説くこと

孝父母憂い舜優先順位

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