講孟余話 / 離婁上 第九章
但シ心ヲ得民ヲ得天下ヲ得ノ得ノ字ノ意味ヲ善ク味フヘシ、得トハ吾物トシ吾自由ニナル心ナリ、天下ヲ得レハ天下ハ吾物ニテ吾自由ニナルナリ、民ヲ得レハ民ハ吾物ニテ吾自由ニナルナリ、心ヲ得レハ心ハ吾物ニテ吾自由ニナルナリ、故ニ民ヲ得心ヲ得ルハ孫子所謂令民與上同意ノ義ナリ、民心カ上ノ思フ如クナルコトナリ、上方ニ夷狄ヲ悪テ是ヲ征伐セント思へハ民心モ亦斯ノ如シ、上方ニ城郭ヲ築キ艦砲ヲ造リ冦賊ニ備ヘントスレハ民心モ亦斯ノ如シ、若シ上ノ思フ所少ニテモ民心ノ違戾スルコトアレハ得ト云ヘカラス、得ノ字ノ意味カクノ如シ、書ヲ讀ムハ意味ヲ知ルコトヲ要ス、
新字:但シ心ヲ得民ヲ得天下ヲ得ノ得ノ字ノ意味ヲ善ク味フヘシ、得トハ吾物トシ吾自由ニナル心ナリ、天下ヲ得レハ天下ハ吾物ニテ吾自由ニナルナリ、民ヲ得レハ民ハ吾物ニテ吾自由ニナルナリ、心ヲ得レハ心ハ吾物ニテ吾自由ニナルナリ、故ニ民ヲ得心ヲ得ルハ孫子所謂令民与上同意ノ義ナリ、民心カ上ノ思フ如クナルコトナリ、上方ニ夷狄ヲ悪テ是ヲ征伐セント思へハ民心モ亦斯ノ如シ、上方ニ城郭ヲ築キ艦砲ヲ造リ寇賊ニ備ヘントスレハ民心モ亦斯ノ如シ、若シ上ノ思フ所少ニテモ民心ノ違戻スルコトアレハ得ト云ヘカラス、得ノ字ノ意味カクノ如シ、書ヲ読ムハ意味ヲ知ルコトヲ要ス、
書き下し
但し「心を得」「民を得」「天下を得」の「得」の字の意味を善く味ふべし。得とは吾が物とし吾が自由になる心なり。天下を得れば天下は吾が物にて吾が自由になるなり。民を得れば民は吾が物にて吾が自由になるなり。心を得れば心は吾が物にて吾が自由になるなり。故に民を得、心を得るは、孫子の所謂「民をして上と意を同じうせしむ」の義なり。民心が上の思ふ如くなることなり。上方に夷狄を悪みて是れを征伐せんと思へば、民心も亦斯くの如し。上方に城郭を築き艦砲を造り寇賊に備へんとすれば、民心も亦斯くの如し。若し上の思ふ所少しにても民心の違戾することあれば、得と云ふべからず。得の字の意味かくの如し。書を読むは意味を知ることを要す。
現代語訳
ただし「心を得る」「民を得る」「天下を得る」の「得る」の字の意味をよく味わうべきである。「得る」とは、自分のものとし、自分の思うようになるという心である。天下を得れば、天下は自分のものであり、思うようになる。民を得れば、民は自分のものであり、思うようになる。心を得れば、心は自分のものであり、思うようになる。だから民を得、心を得るとは、孫子のいう「民に上と同じ意志を持たせる」という意味である。民の心が上の思うとおりになることだ。上が外国を憎んでこれを討とうと思えば、民の心もそうなる。上が城を築き、軍艦や大砲を造って外敵に備えようとすれば、民の心もそうなる。もし上の思うことに少しでも民の心が背くことがあれば、「得た」とは言えない。「得」の字の意味はこのようである。書を読むには、言葉の意味を知ることが大切なのである。
解説
この章句が説くこと
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『正法眼蔵随聞記』巻一宋土の寺院なんどには都て雑談をせざれば、其やうなること、をも云はざるなり、吾が国も近ごろ建仁寺の僧正存生の時は、一向あからさまにも此の如きの言語出来らず、滅後にも存世の時の弟子等、少々残りとヾまりたりし時は一切に云はざりき、近ごろ此の七八年より以来、今ま出の若き人たち時々談ずるなり、存外の次第なり、聖教の中にも麁强悪業令人覚悟無利言説能障正道とありて、只うち出して云処の言ばすら、無利の言説は障道の因縁なり況やかくの如きの言語は、ことばに引れて即ち心も起りつべし、最も用心すべきなり、故さらにかくなん云はじとせずとも、悪きことゝ知りなば漸々に退治すべきなり、
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