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講孟余話 / 滕文公上 第二章

然レハ後世士君子、宜シク外習俗ニ從ヒ、内心制ヲ持スルアルノミ、近世儒先往々是ヲ行フ、実ニ歆仰スヘキコト也、吾知ル所江戶ノ人齋藤彌九郞ノ如キ、母ヲ喪シテヨリ三年、未タ甞テ酒肉ヲ御セズ、盖シ其師水府藤田氏ノ教ヲ奉スルナリ、先師山鹿素行先生甚名ヲ立、俗ヲ駭スコトヲ惡ム、其父ノ喪ヲ操ル、五十日ニシテ酒肉ヲ御ス、盖シ母氏ノ心ヲ慰セン爲ニ曲ケテ習俗ニ從フナリ、然トモ百日ニ至ルマテ酒肉ヲ御スルコト僅ニ三度ノミ、而シテ皆已ムヲ得サルニ迫ルナリ、余深ク其操持ニ服ス

新字:然レハ後世士君子、宜シク外習俗ニ従ヒ、内心制ヲ持スルアルノミ、近世儒先往々是ヲ行フ、実ニ歆仰スヘキコト也、吾知ル所江戸ノ人斎藤弥九郎ノ如キ、母ヲ喪シテヨリ三年、未タ甞テ酒肉ヲ御セズ、盖シ其師水府藤田氏ノ教ヲ奉スルナリ、先師山鹿素行先生甚名ヲ立、俗ヲ駭スコトヲ悪ム、其父ノ喪ヲ操ル、五十日ニシテ酒肉ヲ御ス、盖シ母氏ノ心ヲ慰セン為ニ曲ケテ習俗ニ従フナリ、然トモ百日ニ至ルマテ酒肉ヲ御スルコト僅ニ三度ノミ、而シテ皆已ムヲ得サルニ迫ルナリ、余深ク其操持ニ服ス

書き下し

然れば後世の士君子、宜しく外は習俗に従ひ、内は心制を持するあるのみ。近世儒先往々是れを行ふ、実に歆仰すべきことなり。吾が知る所、江戸の人斎藤弥九郎の如き、母を喪してより三年、未だ嘗て酒肉を御せず。蓋し其の師水府藤田氏の教を奉ずるなり。先師山鹿素行先生、甚だ名を立て俗を駭かすことを悪む。其の父の喪を操る、五十日にして酒肉を御す。蓋し母氏の心を慰めん為に曲げて習俗に従ふなり。然れども百日に至るまで酒肉を御すること僅かに三度のみ。而して皆已むを得ざるに迫るなり。余深く其の操持に服す。

現代語訳

そうであれば、後世の士君子は、外向きは世の習わしに従い、内には心の中で喪の定めを守るほかない。近ごろの儒者の先達にも、しばしばこれを行う人がいる。まことに敬い仰ぐべきことである。私の知るところでは、江戸の斎藤弥九郎は、母を亡くしてから三年のあいだ、一度も酒や肉を口にしなかった。思うに、その師である水戸の藤田氏の教えを守ったのであろう。わが先師、山鹿素行先生は、名を立てて世間を驚かせることをひどく嫌った。父の喪に服したとき、五十日で酒肉を口にした。思うに、母君の心を慰めるために、あえて世の習わしに従ったのである。それでも百日に至るまでに酒肉を口にしたのはわずか三度だけで、それもみなやむを得ない事情に迫られてのことであった。私はその操守に深く感服している。

解説

三年の喪が失われた世で、どう礼を守るか。松陰の答えは、外見は世の習慣に合わせ、心の中で礼を守る、というものでした。例に挙げたのは、江戸の剣客で練兵館を開いた斎藤弥九郎が母の喪に三年酒肉を断ったこと、そして山鹿素行が母を慰めるために五十日で酒肉をとりながら、その後も控え続けたことです。素行は松陰の家の兵学の祖で、松陰は終生「先師」と仰ぎました。世間と衝突して名を立てるより、周りへの配慮と自分の節とを両立させる。現実的で温かい礼の守り方です。

この章句が説くこと

礼節度山鹿素行配慮喪礼

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