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講孟余話 / 離婁下 第七章

養ノ一字最モ心ヲ付テ看ルヘシ、註ニ養謂涵育薰陶俟其自化也ト云、涵ハヒタスナリ、綿ヲ水ニテヒタス意ナリ、育ハ小兒ヲ乳ニテソタツル意ナリ、薰ハ香ヲフスヘ込ナリ、陶ハ土器ヲ灶ニテ燒堅ムルナリ、人ヲ養フモ此四ツノ者ノ如クニテ、不中不才ノ人ヲ繩ニテ縛リ杖ニテ策ウチ、一朝一夕ニ中ナラシメ才ナラシメントニハ非ス、仁義道德ノ中ニ沐浴サセテ、覺ヘズ知ラス善ニ移リ悪ニ遠カリ、旧染ノ汗自ラ化スルヲ待ツコト也、是人ノ父兄タルノ道ニシテ、父兄ノミニアラス、人ノ上ト爲テ政ヲ施スモ、人ノ師ト爲テ教ヲ施スモ、一ノ養ノ字ヲ深ク味フヘシ

新字:養ノ一字最モ心ヲ付テ看ルヘシ、註ニ養謂涵育薫陶俟其自化也ト云、涵ハヒタスナリ、綿ヲ水ニテヒタス意ナリ、育ハ小児ヲ乳ニテソタツル意ナリ、薫ハ香ヲフスヘ込ナリ、陶ハ土器ヲ灶ニテ焼堅ムルナリ、人ヲ養フモ此四ツノ者ノ如クニテ、不中不才ノ人ヲ縄ニテ縛リ杖ニテ策ウチ、一朝一夕ニ中ナラシメ才ナラシメントニハ非ス、仁義道徳ノ中ニ沐浴サセテ、覚ヘズ知ラス善ニ移リ悪ニ遠カリ、旧染ノ汗自ラ化スルヲ待ツコト也、是人ノ父兄タルノ道ニシテ、父兄ノミニアラス、人ノ上ト為テ政ヲ施スモ、人ノ師ト為テ教ヲ施スモ、一ノ養ノ字ヲ深ク味フヘシ

書き下し

養の一字最も心を付けて看るべし。註に「養は涵育薫陶して其の自ら化するを俟つを謂ふ」と云ふ。涵はひたすなり、綿を水にてひたす意なり。育は小児を乳にてそだつる意なり。薫は香をふすべ込むなり。陶は土器を竈にて焼き堅むるなり。人を養ふも此の四つの者の如くにて、不中不才の人を縄にて縛り杖にて策うち、一朝一夕に中ならしめ才ならしめんとには非ず。仁義道徳の中に沐浴させて、覚えず知らず善に移り悪に遠ざかり、旧染の汚自ら化するを待つことなり。是れ人の父兄たるの道にして、父兄のみにあらず、人の上と為りて政を施すも、人の師と為りて教へを施すも、一の養の字を深く味ふべし。

現代語訳

「養」の一字に最も注意して読むべきである。注に「養とは、ひたし育て、香をしみこませ焼き固めるようにして、その人が自ら変わるのを待つことをいう」とある。涵は浸すことで、綿を水に浸す意味である。育は幼子を乳で育てる意味である。薫は香を燻してしみこませることである。陶は土器を窯で焼き固めることである。人を育てるのもこの四つと同じで、偏った者や才のない者を縄で縛り杖で打って、一朝一夕に正しくし才あるものにしようとするのではない。仁義道徳の中に浸らせて、知らず知らずのうちに善に移り悪から遠ざかり、昔からの汚れがおのずと変わるのを待つことである。これは人の父や兄としての道であり、父兄だけではなく、人の上に立って政治を行うにも、人の師となって教えを施すにも、この一つの「養」の字を深く味わうべきである。

解説

離婁下第七章「中や不中を養ひ、才や不才を養ふ」についての講説です。松陰は朱子の注の「涵育薫陶」を一字ずつ、水に浸す、乳で育てる、香を燻し込む、窯で焼き固める、と具体的な比喩でほどいていきます。人は縛って叩いて変えるものではなく、良い環境に浸して本人が自ら変わるのを待つものだ、というのです。囚人や身分を問わぬ若者を受け入れて育てた松陰の教育観の核心がここにあります。親にも上司にも教師にも通じる、人を育てる心得です。

この章句が説くこと

教育養う薫陶人材育成待つ

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