講孟余話 / 離婁下 第三十一章
曾子ノ居ル所ハ師道ノ正ナリ、子思ノ行フ所ハ臣道ノ常ナリ、孟子ノ意盖シ曾子ヲ以テ自ラ居リ、是亦子思ニ異ルニ非サルヲ明スナリ、抑臣道ノ常ハ吾輩今日最モ講究スヘキ所ナリ、師道ニ至テハ敢テ論スル所ニ非ス、然トモ試ニ君道ヲ以テ是ヲ論スル時ハ、師道彼カ如ニシテ然ル後臣道亦自ラ此ノ如クナラン、惜カナ今ノ人君曾子ノ如キノ師ナシ、安ソ子思ノ如キノ臣ヲ得ンヤ、然トモ後世迂僻ノ儒、妄リニ自ラ尊大ニシ、曾子ノ師道ヲ以テ自ラ居ラント欲スル如キ、是亦悪ムヘシ、王安石ノ講官ヲ以テ坐講ヲ爭フ如キ是ナリ、曾鞏子固講議アリ、意安石ヲ駁ス、就テ見ルヘシ
新字:曽子ノ居ル所ハ師道ノ正ナリ、子思ノ行フ所ハ臣道ノ常ナリ、孟子ノ意盖シ曽子ヲ以テ自ラ居リ、是亦子思ニ異ルニ非サルヲ明スナリ、抑臣道ノ常ハ吾輩今日最モ講究スヘキ所ナリ、師道ニ至テハ敢テ論スル所ニ非ス、然トモ試ニ君道ヲ以テ是ヲ論スル時ハ、師道彼カ如ニシテ然ル後臣道亦自ラ此ノ如クナラン、惜カナ今ノ人君曽子ノ如キノ師ナシ、安ソ子思ノ如キノ臣ヲ得ンヤ、然トモ後世迂僻ノ儒、妄リニ自ラ尊大ニシ、曽子ノ師道ヲ以テ自ラ居ラント欲スル如キ、是亦悪ムヘシ、王安石ノ講官ヲ以テ坐講ヲ争フ如キ是ナリ、曽鞏子固講議アリ、意安石ヲ駁ス、就テ見ルヘシ
書き下し
曾子の居る所は師道の正なり。子思の行ふ所は臣道の常なり。孟子の意、蓋し曾子を以て自ら居り、是れ亦子思に異なるに非ざるを明かすなり。抑々臣道の常は吾が輩今日最も講究すべき所なり。師道に至りては敢へて論ずる所に非ず。然れども試みに君道を以て是れを論ずる時は、師道彼の如くにして然る後臣道亦自ら此の如くならん。惜しいかな、今の人君曾子の如きの師なし、安んぞ子思の如きの臣を得んや。然れども後世迂僻の儒、妄りに自ら尊大にし、曾子の師道を以て自ら居らんと欲する如き、是れ亦悪むべし。王安石の講官を以て坐講を争ふ如き是れなり。曾鞏子固に講議あり、意安石を駁す、就いて見るべし。
現代語訳
曾子のとった立場は師としての道の正しいあり方である。子思の行ったことは臣下としての道の常のあり方である。孟子の考えは、思うに曾子の立場に自分を置き、それもまた子思と異なるわけではないことを明らかにしている。そもそも臣下の道の常は、我々が今日最も研究すべきところである。師の道については、あえて論じるところではない。けれども試みに君主の道から論じれば、師の道があのようであってこそ、臣の道もおのずからこのようになるだろう。惜しいことに、今の君主には曾子のような師がいない。どうして子思のような臣を得られようか。けれども後世の世事に疎い儒者が、みだりに尊大になって、曾子の師としての立場に自分を置こうとするのも、これまた憎むべきである。王安石が講官として座ったまま講義することを争ったようなのがそれである。曾鞏(子固)に講議があり、その意は王安石を批判している。そちらを見るとよい。
解説
この章句が説くこと
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『墨子』非儒下民を存す。是に於いて其の禮を厚くし、其の封を留め、敬して見るも其の道を問わず。孔丘、乃ち景公と晏子とに志怒し、乃ち鴟夷子を樹てて田常の門に及ぼし、南郭子に欲する所を為すを告げ、魯に歸る。頃有りて、齊の将に魯を伐たんとするを間き、子貢に告げて曰く、「賜や、大事を今の時に舉げん」と。乃ち子貢を齊に遣わし、南郭惠子に因りて以て田常に見え、之に吳を伐つを勸め、以て髙・國・鮑・晏を教え、田常の亂を害するを得ざらしめ、越に吳を伐つを勸む。三年の内、齊・吳、國を破るの難あり、伏尸は術數を以て言う。孔丘の誅なり。
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『学問のすゝめ』四編・学者の職分を論ず・利あらざるものは必ず害あり以上論ずるところを概すれば、今の世の学者、この国の独立を助けなさんとするに当たりて、政府の範囲に入り官にありて事をなすと、その範囲を脱して私立するとの利害得失を述べ、本論は私立に左袒したるものなり。すべて世の事物をくわしく論ずれば、利あらざるものは必ず害あり、得あらざるものは必ず失あり、利害得失相半ばするものはあるべからず。わが輩もとよりためにするところありて私立を主張するにあらず、ただ平生の所見を証してこれを論じたるのみ。世人もし確証を掲げてこの論説を排し、明らかに私立の不利を述ぶる者あらば、余輩は悦んでこれに従い、天下の害をなすことなかるべし。
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