講孟余話 / 梁惠王下 第二章
殺其麋鹿者、如殺人之罪、此章亦民ト同フスルコトヲ云、就麋鹿ヲ殺ス者、人ヲ殺スノ罪ノ如シト云コト、仁人ノ深ク痛ム所ナリ、禽獸ノ微ヲ以テ、万物ノ靈タル人ヲ殺スコト、類ヲ知ラサルノ甚シキ者ナリ、聖人ノ心ハ親ヲ親シミ民ヲ仁シ物ヲ愛ス、皆類ヲ以テ推スナリ、假リニモ此序ヲ乱ルベカラズ、日用万事ニ付ケテ熟考スベシ、其親ヲ愛敬セズシテ他人ヲ愛敬スル者ヲ、孝経ニハ悖德悖礼ト云、而ルニ世ニハ狗馬ヲ愛シテ賢才ヲ棄テ、生民ヲ剝シテ戎狄ヲ養フ者アリ、是亦如何ソヤ
新字:殺其麋鹿者、如殺人之罪、此章亦民ト同フスルコトヲ云、就麋鹿ヲ殺ス者、人ヲ殺スノ罪ノ如シト云コト、仁人ノ深ク痛ム所ナリ、禽獣ノ微ヲ以テ、万物ノ霊タル人ヲ殺スコト、類ヲ知ラサルノ甚シキ者ナリ、聖人ノ心ハ親ヲ親シミ民ヲ仁シ物ヲ愛ス、皆類ヲ以テ推スナリ、仮リニモ此序ヲ乱ルベカラズ、日用万事ニ付ケテ熟考スベシ、其親ヲ愛敬セズシテ他人ヲ愛敬スル者ヲ、孝経ニハ悖徳悖礼ト云、而ルニ世ニハ狗馬ヲ愛シテ賢才ヲ棄テ、生民ヲ剥シテ戎狄ヲ養フ者アリ、是亦如何ソヤ
書き下し
其の麋鹿を殺す者は、人を殺すの罪の如し。此の章も亦民と同じうすることを云ふ。就中麋鹿を殺す者、人を殺すの罪の如しと云ふこと、仁人の深く痛む所なり。禽獣の微を以て、万物の霊たる人を殺すこと、類を知らざるの甚しき者なり。聖人の心は親を親しみ民を仁し物を愛す、皆類を以て推すなり、仮りにも此の序を乱るべからず。日用万事に付けて熟考すべし。其の親を愛敬せずして他人を愛敬する者を、孝経には悖徳悖礼と云ふ。而るに世には狗馬を愛して賢才を棄て、生民を剝して戎狄を養ふ者あり、是れ亦如何ぞや。
現代語訳
「王の囿の大鹿を殺した者は、人を殺した罪と同じに扱われる」。この章もまた、民と共にすることを言っている。とりわけ、大鹿を殺した者が人殺しと同じ罪になるということは、仁ある人が深く心を痛めるところである。取るに足らない獣のために、万物の霊長である人を殺すのは、物事の軽重の区別を知らないことの最たるものである。聖人の心は、親を親しみ、民を慈しみ、物を愛するというように、みな近いものから順に推し広げていく。かりにもこの順序を乱してはならない。日々のあらゆる事について、よく考えるべきである。自分の親を愛し敬わずに他人を愛し敬う者を、『孝経』では徳に背き礼に背くと言う。それなのに世には、犬や馬をかわいがって賢い人材を捨て、民からはぎ取って外国の者を養う者がいる。これはまたどういうことか。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『大和俗訓』巻之三・心術上一民の司となる人、我一人のたのしみを好むべからず。民と共に楽しむべし。是まことの楽なり。天下の人は、たかきもひききも、皆我が兄弟の理ありて、本は一体なることを知り、我が心を以て人の心をおしはかり、聊人のうれひ苦む事をなすべからず。貧窮にしてうゑこごゆるもの、病者、かたはなる者、世をわたりかねて憂ひくるしめる鰥寡孤独の類をば、我が力を以て救ふべし。鰥寡孤独とは、老いて妻なきを鰥と云ひ、老いて夫なきを寡といひ、いとけなうして父なきを孤と云ひ、老いて子なきを独と云ふ。此四の者は、世の中の困窮せる民にて、人のめぐみを受くべきたよりな飢ゑこごえする人なり、いとあはれむべし。いにしへの聖人の政は、まづかやうのふびんなる民は、早くめぐみ給ふ。
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『君子訓』巻之中一文王は、民を視ること傷むが如しとて、民を治めて既に安けれども、猶も傷み苦める事あらんかと憂ひ給ふ。是仁者のこころ、国家を治むる第一の用心なり。左伝にも、国の興るは民を視ること傷むが如し、其亡ぶるは民をみる事土芥の如しといへり。是国の治乱興亡の分るる所なり。
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『大和俗訓』巻之三・心術上一民を司どる人は、民の父母なれば、民をあはれむ心を本とすべし。民の心を以て心として、民の好む事を好みてほどこし、民のきらふ事をきらひてほどこさず、父母の子を思ふが如くする故、是を民の父母と云ふ。民の上に立つ人は、民をやしなふ職分を天より授け給ふ事を知りて、天道にしたがひ、民をくるしましむべからず。我一人の楽をきはめんとて、おほくの人を苦むるは、天道の御心にそむけり。天道おそるべし。すべて人は高きもひききも同じ人なれば、民の楽み苦みも、我と同じ。我が心を以て民の心をおしはかるに違はず。民のうれひ苦みを思ひはかりて、憐むべし。不仁なる人は、民をあはれまずして、民を愛すれば奢りて上をあなどるとて、民をあはれまず。
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『君子訓』巻之上一孟子曰く、親を親しみて民を仁し、民を仁して物を愛すと言へり。君子の道は、仁を専らとして、人を慈しみ、物を憐むなり。其内に天然の次第あり。まづ親を親むとは、父母兄弟親類縁者を厚くするをいへり。次には民を仁す。民を仁すとは、臣下万民を広く慈しみ、各其所を得せしむるをいふ。もし一人も其所を得ざれば、仁するにあらず。其余は物を愛するにあり。物を愛すとは、禽獣虫魚艸木をみだりに殺さず、みだりに伐らざるをいふ。其内、親疎貴賤有情無情大小の次第によりて、仁を施すに厚薄の替りあれば、かく三の品をわけ、教を立て給へり。すべて言へば、親しむも愛するも、皆仁なり。一仁政を行はんとならば、まづ倹約を守るべし。倹約は奢縦ならざるなり。衣服居宅、よろづ内の事につきて、華美を好まず、みだりに費さざる是なり。
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『五常訓』巻之二・仁之上是己をおす恕なり。又一には、仁を人に施すの道、我が心を以て人の心をおしはかるに、人も我も同じ心なれば、我が好む事は、人も亦必、好むものなり。我が心にきらふ事は、人も亦必きらふもの也。かくの如我が心を以て人の心にくらぶるは、つゆ違ふ事なし。不仁無礼を、人の我に施すは、我がきらふ所也。是を以て人の心をおしはかるに、人もまた不仁無礼をきらふ故に、人に不仁無礼を施さず。是恕なり。民を治むる道を以ていはば、わが身もし下にありて、困窮し饑ゑ寒え、妻を売り子を売りて、親子はなれ、兄弟妻子離散するにいたらば、我が甚きらふ事なるべし。其心を以て、民の心をおしはかるに、我がきらふ如く、民も亦きらふべき事を知りて、民の饑ゑず寒えず、困窮せず、妻子を売らざるやうに、あはれみて施すべし。
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『五常訓』巻之二・仁之上其内にも、貴賤親疎の次第あり。次に物を愛す。物とは禽獣、草木を云とりけだもの草木を愛するも、各次第あり。先鳥獣を愛し、次に草木に及ぶべし。親を親み、民を仁し、物を愛するは、軽重の次第あり。親を親むは尤あつく、民を仁する是につぎ、物を愛するは民を仁するより軽し。此三は、すべていへば皆仁なり。其厚薄の次第、みだるべからず。是自然の理にして、しひて次第をわかつにはあらず。
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