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講孟余話 / 梁惠王下 第十三章

此章ノ義熟味スヘシ、小国ヲ以テ両大国ノ間ニ挾マルヽ、是大難事ナリ、楚ニ事レハ斉怒リ、齊ニ事レハ楚怒ル、利シキ所ナシ、是レ文公ノ問ナリ、孟子對フ、是謀非吾所能及也ト、是徒ラニ推諉ノ言ヲ爲スニ非ス、此事ハ実ニ文公ノ決心ヨリ出ルニ非レハ、他人ノ智慧ヲ借テ行フ樣ノ事ニテ遂クヘキニ非ズ、然レトモ聞ント欲スルノ心親切ニシテ無已ニ至テハ、亦以テ一說ヲ発スベシ、鑿斯池也、築斯城也トハ、茫然手ヲ拱シテ備ヘサルニ非ズ、防禦ノ手段ヲ尽シテ、不意ノ伺フヘキナカラシムルナリ、與民守之トハ、上下一致シ君臣相親ミテ高城深池ヲ守ルナリ、效死而民弗去トハ、萬一事敗レ城池モ人ニ奪ルヽニ至ラハ、君民上下城ヲ枕ニシテ切腹ト覚悟ヲ究ルコトナリ、果シテ如是ナレハ是可爲也トテ、斉ニ事ルコトモ爲スベシ、楚ニ事ルコトモ爲スベシ、斉楚共ニ事ヘザルコトモナスベシ、是ニ於テ事ルモ事ヘサルモ、其權我カ掌握ニアルナリ、兵家ニ籠城ノ大將心定ヲ說テ籠城致ス上ハ、負バ必ズ切腹ト思ヒ可定ト云モ亦此義ナリ、

新字:此章ノ義熟味スヘシ、小国ヲ以テ両大国ノ間ニ挟マルヽ、是大難事ナリ、楚ニ事レハ斉怒リ、斉ニ事レハ楚怒ル、利シキ所ナシ、是レ文公ノ問ナリ、孟子対フ、是謀非吾所能及也ト、是徒ラニ推諉ノ言ヲ為スニ非ス、此事ハ実ニ文公ノ決心ヨリ出ルニ非レハ、他人ノ智慧ヲ借テ行フ様ノ事ニテ遂クヘキニ非ズ、然レトモ聞ント欲スルノ心親切ニシテ無已ニ至テハ、亦以テ一説ヲ発スベシ、鑿斯池也、築斯城也トハ、茫然手ヲ拱シテ備ヘサルニ非ズ、防禦ノ手段ヲ尽シテ、不意ノ伺フヘキナカラシムルナリ、与民守之トハ、上下一致シ君臣相親ミテ高城深池ヲ守ルナリ、効死而民弗去トハ、万一事敗レ城池モ人ニ奪ルヽニ至ラハ、君民上下城ヲ枕ニシテ切腹ト覚悟ヲ究ルコトナリ、果シテ如是ナレハ是可為也トテ、斉ニ事ルコトモ為スベシ、楚ニ事ルコトモ為スベシ、斉楚共ニ事ヘザルコトモナスベシ、是ニ於テ事ルモ事ヘサルモ、其権我カ掌握ニアルナリ、兵家ニ籠城ノ大将心定ヲ説テ籠城致ス上ハ、負バ必ズ切腹ト思ヒ可定ト云モ亦此義ナリ、

書き下し

此の章の義熟味すべし。小国を以て両大国の間に挟まるる、是れ大難事なり。楚に事ふれば斉怒り、斉に事ふれば楚怒る、利しき所なし、是れ文公の問なり。孟子対ふ、是の謀は吾が能く及ぶ所に非ざるなりと。是れ徒に推諉の言を為すに非ず。此の事は実に文公の決心より出づるに非ざれば、他人の智慧を借りて行ふ様の事にて遂ぐべきに非ず。然れども聞かんと欲するの心親切にして已むことなきに至りては、亦以て一説を発すべし。斯の池を鑿ち、斯の城を築くとは、茫然手を拱いて備へざるに非ず、防禦の手段を尽くして、不意の伺ふべきなからしむるなり。民と之れを守るとは、上下一致し、君臣相親しみて高城深池を守るなり。死を効して民去らずとは、万一事敗れ城池も人に奪はるるに至らば、君民上下城を枕にして切腹と覚悟を究むることなり。果して是くの如くなれば、是れ為すべきなりとて、斉に事ふることも為すべし、楚に事ふることも為すべし、斉楚共に事へざることもなすべし。是に於て事ふるも事へざるも、其の権我が掌握にあるなり。兵家に籠城の大将心定を説きて、籠城致す上は、負けば必ず切腹と思ひ定むべしと云ふも亦此の義なり。

現代語訳

この章の意味はよく味わうべきである。小国でありながら二つの大国の間に挟まれるのは、たいへんな難事である。楚に仕えれば斉が怒り、斉に仕えれば楚が怒る、どちらにしても都合が悪い。これが滕の文公の問いである。孟子は答えた。「この策は私の及ぶところではありません」。これはただ責任逃れの言葉を言ったのではない。このことは、本当に文公自身の決心から出るのでなければ、他人の知恵を借りて行うようなことで成し遂げられるものではない。しかし聞きたいという心が切実でやまないのなら、一つの説を述べてもよい。「この池を掘り、この城を築く」とは、ぼんやり手をこまねいて備えないのではなく、防御の手段を尽くして、不意をつかれるすきをなくすことである。「民と共にこれを守る」とは、上下が一致し、君臣が親しみ合って、高い城と深い堀を守ることである。「死を尽くしても民が去らない」とは、万一事が破れて城も堀も奪われることになったら、君も民も上下そろって城を枕に切腹すると覚悟を決めることである。本当にこうであれば、それでよいとして、斉に仕えることもでき、楚に仕えることもでき、斉と楚のどちらにも仕えないこともできる。こうなれば、仕えるか仕えないか、その主導権は自分の手の中にある。兵法家が籠城する大将の心構えを説いて、籠城するからには負ければ必ず切腹と思い定めよと言うのも、この意味である。

解説

小国の滕が斉と楚のどちらに仕えるべきかと問い、孟子が「それは私の及ぶところではない」と言いつつ、池を掘り城を築き、民と共に死守して民が去らないならやれる、と答えた章です。松陰は、孟子の言葉を責任逃れではなく、決断は君主自身にしかできないという意味だと読みます。守りを尽くし、上下が一つになり、負ければ共に死ぬ覚悟が定まれば、どちらに付くかの主導権はかえって自分の手に戻る、というのです。決断を人に預けず、覚悟を先に定めることが選択の自由を生むという洞察です。

この章句が説くこと

覚悟決断主導権籠城小国

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