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講孟余話 / 公孫丑下 第十章

欲中国而授孟子室、養弟子以万鐘、使諸大夫国人、皆有所矜式、是レ孟子ヲ待ツ所以ニ非ルコト固ナリ、何トナレハ是時天下方ニ有爲ノ時ニ當レリ、而シテ孟子ハ乃チ有爲ノ人ナリ、有爲ノ時ニ當テ有爲ノ人ヲ捨ツ、其何ヲ以テ政ヲナサンヤ、抑今時ヲ以テ是ヲ言フニ、国ノ中ニ當リ大ニ養賢堂ヲ興シ、今ノ大学校ノ外、別ニ養賢堂ヲ興スト云ニハ非ズ、文ヲ以テ意ヲ害スルコトナカレ、天下ノ賢豪ヲ倩ヒ、尊テ師トシ、優スルニ厚祿ヲ以テシ、士大夫国人ノ秀俊ナル者ヲ募リ、是ニ從ハシメハ、人才勃興日ヲ刻シテ待ツベシ、是余カ願欲スル所ナリ、然トモ爰ニ一難アリ、令スル所ニ從ハスシテ好ム所ニ從フハ、人情ノ常然リ、故ニ天下ノ賢豪ヲ得ルト雖トモ、君相眞ニ是ヲ尊奉シ、其言フ所ヲ信用スルニ非スンハ、士大夫国人誰カ敢テ之ヲ矜式センヤ、亦斉王ノ已ニ孟子ノ言ヲ用ヒズ、又其去ヲ耻チ、此已ムヲ得サルノ一策ヲナスニ同シキノミ、是亦知サルヘカラス、然ラハ則如何、曰ク近世米澤ノ鷹山公ノ紀平洲ヲ尊信スル如キ是ニ近シトス

新字:欲中国而授孟子室、養弟子以万鐘、使諸大夫国人、皆有所矜式、是レ孟子ヲ待ツ所以ニ非ルコト固ナリ、何トナレハ是時天下方ニ有為ノ時ニ当レリ、而シテ孟子ハ乃チ有為ノ人ナリ、有為ノ時ニ当テ有為ノ人ヲ捨ツ、其何ヲ以テ政ヲナサンヤ、抑今時ヲ以テ是ヲ言フニ、国ノ中ニ当リ大ニ養賢堂ヲ興シ、今ノ大学校ノ外、別ニ養賢堂ヲ興スト云ニハ非ズ、文ヲ以テ意ヲ害スルコトナカレ、天下ノ賢豪ヲ倩ヒ、尊テ師トシ、優スルニ厚禄ヲ以テシ、士大夫国人ノ秀俊ナル者ヲ募リ、是ニ従ハシメハ、人才勃興日ヲ刻シテ待ツベシ、是余カ願欲スル所ナリ、然トモ爰ニ一難アリ、令スル所ニ従ハスシテ好ム所ニ従フハ、人情ノ常然リ、故ニ天下ノ賢豪ヲ得ルト雖トモ、君相真ニ是ヲ尊奉シ、其言フ所ヲ信用スルニ非スンハ、士大夫国人誰カ敢テ之ヲ矜式センヤ、亦斉王ノ已ニ孟子ノ言ヲ用ヒズ、又其去ヲ耻チ、此已ムヲ得サルノ一策ヲナスニ同シキノミ、是亦知サルヘカラス、然ラハ則如何、曰ク近世米沢ノ鷹山公ノ紀平洲ヲ尊信スル如キ是ニ近シトス

書き下し

「国に中して孟子に室を授け、弟子を養ふに万鍾を以てし、諸大夫国人をして、皆矜式する所あらしめん」。是れ孟子を待つ所以に非ざること固なり。何となれば是の時天下方に有為の時に当れり、而して孟子は乃ち有為の人なり。有為の時に当りて有為の人を捨つ、其れ何を以て政をなさんや。抑々今時を以て是れを言ふに、国の中に当り大いに養賢堂を興し(今の大学校の外、別に養賢堂を興すと云ふには非ず、文を以て意を害することなかれ)、天下の賢豪を倩ひ、尊びて師とし、優するに厚禄を以てし、士大夫国人の秀俊なる者を募り、是れに従はしめば、人才勃興、日を刻して待つべし。是れ余が願欲する所なり。然れども爰に一難あり、令する所に従はずして好む所に従ふは、人情の常然り。故に天下の賢豪を得ると雖も、君相真に是れを尊奉し、其の言ふ所を信用するに非ずんば、士大夫国人誰か敢へて之れを矜式せんや。亦斉王の已に孟子の言を用ひず、又其の去るを恥ぢ、此の已むを得ざるの一策をなすに同じきのみ。是れ亦知らざるべからず。然らば則ち如何。曰く、近世米沢の鷹山公の紀平洲を尊信する如き、是れに近しとす。

現代語訳

「国都の中ほどに孟子のための屋敷を与え、門弟を養うのに万鍾の禄を出して、大夫や国の人々がみな手本と仰ぐようにしよう」。これが孟子を遇するやり方でないことは明らかである。なぜなら、このとき天下はまさに大いに事を成すべき時にあり、そして孟子はまさに事を成す人であった。事を成すべき時に事を成す人を捨てて、いったい何によって政治をしようというのか。そもそも今の時勢に当てはめて言えば、国の中心に大いに養賢堂(賢者を養う学堂)を興し(いまの藩校のほかに別に養賢堂を建てよと言うのではない。言葉にとらわれて意を取り違えないように)、天下の賢人豪傑を招いて師として尊び、厚い禄で優遇し、藩士や国中の優れた者を募って学ばせれば、人材が勃興するのは日を数えて待つことができる。これが私の願うところである。しかしここに一つの難しさがある。命じられたことには従わず、好むことに従うのが人情の常である。だから天下の賢人豪傑を得ても、主君や執政が本当に彼を尊び、その言うことを信用するのでなければ、藩士や国の人々の誰が彼を手本と仰ぐだろうか。それでは、斉王がすでに孟子の言葉を用いず、そのうえ孟子が去るのを恥じて、このやむを得ない一策を講じたのと同じことになるだけである。これもまた知っておかねばならない。それではどうすればよいか。言おう。近年、米沢の上杉鷹山公が細井平洲を尊び信じたようなのが、これに近いのである。

解説

斉王は孟子が去ろうとすると、都に屋敷を与えて門弟を養わせ、人々の手本にしたいと引き留めますが、孟子は利で釣る申し出として断りました。松陰はこの話を、人材育成の構想に転じます。藩に賢者を招いて師とし、若者を学ばせれば人材はすぐに育つ。ただし主君自身が師を心から尊び、その言葉を用いなければ、誰も見習わない、と。手本に挙げたのは、米沢藩を立て直した上杉鷹山と、その師細井平洲の関係でした。人を招くだけでなく、招いた人の言葉を本気で用いることが要だ、という指摘です。

この章句が説くこと

人材育成師学校上杉鷹山登用

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