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講孟余話 / 離婁上 第二十章

賢人ヲ用テ不肖ヲ黜ケ善政ヲ擧テ惡政ヲ革ムルハ人君ノ急務ナルニ、是レハ適ムルニ足ラス間ルニ足ラスト云ハ大識見ト云ヘシ、大氏後世ノ策士論者適ムル所間ル所皆人ト政トノ外ニ出ルコト能ハス、誰カ敢テ君臣ノ非ヲ格スコトヲ知ンヤ、且今日ヲ以テ是ヲ論スルニ、人君斷然トシテ國威ヲ四海ニ宣ヘ外夷ヲ撻伐セントノ誠心アラハ、天下ノ大ナル人民ノ衆ナル何ソ賢材ナキヲ憂ヘン、賢材已ニ擧用セハ何ソ善政ナキヲ憂ヘン、君已ニ誠心アリ賢材已ニ擧リ善政已ニ行レハ、國威ヲ四海ニ宣ヘ外夷ヲ撻伐スルニ於テ何ノ難キコトカアラン、若シ人君此誠心ナクンハ賢材アリト云トモ善政アリト云トモ亦空文ノミ、况ヤ賢材必ス聚ラス善政必ス行レサルヲヤ

新字:賢人ヲ用テ不肖ヲ黜ケ善政ヲ挙テ悪政ヲ革ムルハ人君ノ急務ナルニ、是レハ適ムルニ足ラス間ルニ足ラスト云ハ大識見ト云ヘシ、大氏後世ノ策士論者適ムル所間ル所皆人ト政トノ外ニ出ルコト能ハス、誰カ敢テ君臣ノ非ヲ格スコトヲ知ンヤ、且今日ヲ以テ是ヲ論スルニ、人君断然トシテ国威ヲ四海ニ宣ヘ外夷ヲ撻伐セントノ誠心アラハ、天下ノ大ナル人民ノ衆ナル何ソ賢材ナキヲ憂ヘン、賢材已ニ挙用セハ何ソ善政ナキヲ憂ヘン、君已ニ誠心アリ賢材已ニ挙リ善政已ニ行レハ、国威ヲ四海ニ宣ヘ外夷ヲ撻伐スルニ於テ何ノ難キコトカアラン、若シ人君此誠心ナクンハ賢材アリト云トモ善政アリト云トモ亦空文ノミ、況ヤ賢材必ス聚ラス善政必ス行レサルヲヤ

書き下し

賢人を用ゐて不肖を黜け、善政を挙げて悪政を革むるは人君の急務なるに、是れは適むるに足らず、間るに足らずと云ふは大識見と云ふべし。大氏後世の策士論者、適むる所間る所、皆人と政との外に出づること能はず、誰か敢へて君臣の非を格すことを知らんや。且つ今日を以て是れを論ずるに、人君断然として国威を四海に宣べ外夷を撻伐せんとの誠心あらば、天下の大なる、人民の衆なる、何ぞ賢材なきを憂へん。賢材已に挙用せば、何ぞ善政なきを憂へん。君已に誠心あり、賢材已に挙り、善政已に行はるれば、国威を四海に宣べ外夷を撻伐するに於て何の難きことかあらん。若し人君此の誠心なくんば、賢材ありと云へども善政ありと云へども亦空文のみ。況んや賢材必ずしも聚らず、善政必ずしも行はれざるをや。

現代語訳

賢い人を用いて愚かな者を退け、良い政治を行って悪い政治を改めることは君主の急務であるのに、孟子が「(人については)咎めるに足らず、(政については)非難するに足らない」と言ったのは、大きな見識というべきである。おおよそ後世の策士や論者が咎めたり非難したりするのは、みな人と政治の範囲を出ることができず、誰も君主の心の誤りを正すことに思い至らない。しかも今の時勢で論じれば、君主が断固として国威を天下に示し外国を討ち従えようという誠の心を持つなら、天下は広く人民は多いのだから、どうして賢才がいないことを心配しようか。賢才を登用すれば、どうして良い政治がないことを心配しようか。君主に誠心があり、賢才が登用され、良い政治が行われれば、国威を天下に示し外国を討ち従えることに何の難しいことがあろう。もし君主にこの誠心がなければ、賢才がいても良い政治があっても、それは中身のない文章にすぎない。まして賢才が必ず集まるわけでもなく、良い政治が必ず行われるわけでもないのだから、なおさらである。

解説

『孟子』離婁上第二十章は、人を咎め政を非難しても足りず、ただ大人だけが君主の心の非を正せる、と説きます。松陰はこれを大きな見識だと受け、人事や制度をいじる議論は根本に届かないと指摘します。根本は君主の誠心であり、誠心があれば人材も善政もおのずと集まる、という順序です。ペリー来航後の危機の中で、藩主に覚悟を求めた松陰らしい読み方です。組織を変えたいとき、仕組みより先にトップの本気が問われる、という指摘として今も読めます。

この章句が説くこと

誠心君主人材改革根本

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