講孟余話 / 離婁上 第七章
此章公孫丑上篇第七章ト同一ノ手段同一ノ議論ニシテ、均シク耻ノ一字ヲ以テ人ヲ激勵ス、耻ノ一字孟子喫緊ノ語、故ニ云ク人不可以無耻、又云ク耻之於人大矣並ニ盡心上篇ニ見ユ然トモ耻ヲ知ラヌ人ニ至テハ孟子ノ說モ亦窮スヘシ、齊景公ノ涕出テ吳ニ女スヲ見テ、一時ノ權道保國ノ良圖ト思フノ族ハ、人間ニ差耻ト云コトアルヲ夢ニモ知ラス、斯人ヲシテ路ニ當ラシメハ、國体ヲ失ヒ國事ヲ誤ルコト豈限リアランヤ、然トモ耻ハ人心必有ノ物ナレハ、木石ニ非ルヨリハ耻ナキコトヲ得ス、其耻ナキト云者ハ眞ニ耻ナキニ非ス、耻ルト雖トモ是ヲ處スルコトナキ故ニ、強テ耻サルノ容ヲナスノミ、其中心益々自ラ耻ルナリ、是ニ因テ孟子又是ヲ處スルノ法ヲ揭示シ、遂ニ五年七年等ノ效驗ヲ擧テ是ヲ歡動ス、是ニ於テ誰カ敢テ差耻ヲ棄テ效驗ニ趨カサランヤ、况ヤ文王ヲ師トスルハ甚容易ナルコトニテ、即上章反求在身ノ說ニ過キス、其政ニ発スル者ハ民ヲ養ヒ且教ルニ過キス、其兵ニ発スル者ハ民ヲ弔シ罪ヲ伐ニ過キス、已ニ羞恥ノ甚シキヲ知リ、又效驗ノ易キヲ知ル、誰敢テ其圖ヲ改サランヤ、如何ソ今人頑然トシテ移ラサル、時復孟子アルコトナシ、吾將タ誰ヲカ尤メン、悲カナ
新字:此章公孫丑上篇第七章ト同一ノ手段同一ノ議論ニシテ、均シク耻ノ一字ヲ以テ人ヲ激励ス、耻ノ一字孟子喫緊ノ語、故ニ云ク人不可以無耻、又云ク耻之於人大矣並ニ尽心上篇ニ見ユ然トモ耻ヲ知ラヌ人ニ至テハ孟子ノ説モ亦窮スヘシ、斉景公ノ涕出テ呉ニ女スヲ見テ、一時ノ権道保国ノ良図ト思フノ族ハ、人間ニ差耻ト云コトアルヲ夢ニモ知ラス、斯人ヲシテ路ニ当ラシメハ、国体ヲ失ヒ国事ヲ誤ルコト豈限リアランヤ、然トモ耻ハ人心必有ノ物ナレハ、木石ニ非ルヨリハ耻ナキコトヲ得ス、其耻ナキト云者ハ真ニ耻ナキニ非ス、耻ルト雖トモ是ヲ処スルコトナキ故ニ、強テ耻サルノ容ヲナスノミ、其中心益々自ラ耻ルナリ、是ニ因テ孟子又是ヲ処スルノ法ヲ掲示シ、遂ニ五年七年等ノ効験ヲ挙テ是ヲ歓動ス、是ニ於テ誰カ敢テ差耻ヲ棄テ効験ニ趨カサランヤ、況ヤ文王ヲ師トスルハ甚容易ナルコトニテ、即上章反求在身ノ説ニ過キス、其政ニ発スル者ハ民ヲ養ヒ且教ルニ過キス、其兵ニ発スル者ハ民ヲ弔シ罪ヲ伐ニ過キス、已ニ羞恥ノ甚シキヲ知リ、又効験ノ易キヲ知ル、誰敢テ其図ヲ改サランヤ、如何ソ今人頑然トシテ移ラサル、時復孟子アルコトナシ、吾将タ誰ヲカ尤メン、悲カナ
書き下し
此の章、公孫丑上篇第七章と同一の手段、同一の議論にして、均しく恥の一字を以て人を激励す。恥の一字は孟子喫緊の語なり。故に云ふ「人は以て恥無かるべからず」、又云ふ「恥の人に於ける大なり」(並びに盡心上篇に見ゆ)。然れども恥を知らぬ人に至りては、孟子の説も亦窮すべし。斉の景公の涕出でて呉に女すを見て、一時の権道、保国の良図と思ふの族は、人間に羞恥と云ふことあるを夢にも知らず。斯の人をして路に当たらしめば、国体を失ひ国事を誤ること、豈に限りあらんや。然れども恥は人心必有の物なれば、木石に非ざるよりは恥なきことを得ず。其の恥なきと云ふ者は、真に恥なきに非ず。恥づと雖も是れを処することなき故に、強ひて恥ぢざるの容をなすのみ。其の中心益々自ら恥づるなり。是れに因りて孟子又是れを処するの法を掲示し、遂に五年・七年等の効験を挙げて是れを歓動す。是に於て誰か敢へて羞恥を棄てて効験に趨かざらんや。況んや文王を師とするは甚だ容易なることにて、即ち上章反求在身の説に過ぎず。其の政に発する者は民を養ひ且つ教ふるに過ぎず。其の兵に発する者は民を弔ひ罪を伐つに過ぎず。已に羞恥の甚しきを知り、又効験の易きを知る。誰か敢へて其の図を改めざらんや。如何ぞ今人頑然として移らざる。時に復た孟子あることなし。吾将た誰をか尤めん。悲しいかな。
現代語訳
この章は公孫丑上篇第七章と同じ手法、同じ議論で、どちらも「恥」の一字によって人を奮い立たせている。恥の一字は孟子にとって切実な言葉である。だから「人は恥がなくてはならない」と言い、また「恥は人にとって大きなものだ」とも言う(どちらも盡心上篇に見える)。しかし恥を知らない人に対しては、孟子の説もまた行き詰まるだろう。斉の景公が涙を流しながら娘を呉に嫁がせたのを見て、一時の便法、国を保つ良策だと思う連中は、人の世に羞恥というものがあることなど夢にも知らない。こういう人を要職に就ければ、国の体面を失い国の事を誤ることは限りないだろう。しかし恥は人の心に必ずあるものだから、木や石でない限り恥がないということはありえない。恥がないように見える者も、本当に恥がないのではない。恥じてはいるが、どう対処すればよいかわからないので、無理に恥じていない様子をしているだけである。その心の中ではますます恥じているのだ。そこで孟子は、それに対処する方法を示し、さらに五年、七年で天下を治められるという効き目を挙げて、人を喜び動かそうとした。こうなれば、誰が羞恥を捨てて効き目に向かわずにいられようか。まして文王を師とするのはごく容易なことで、前章の「自分に振り返り、根本は身にある」という説にすぎない。それが政治に表れれば民を養い教えることにすぎず、軍事に表れれば民を慰め罪ある者を討つことにすぎない。恥のひどさを知り、効き目のたやすさを知れば、誰がそのやり方を改めずにいようか。それなのに、どうして今の人は頑として変わらないのか。いまはもう孟子のような人はいない。私はいったい誰を責めればよいのか。悲しいことだ。
解説
この章句が説くこと
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